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【奈良】3世紀前半の大型建物跡、邪馬台国の中枢施設か

1 :帰社倶楽部φ ★:2009/11/10(火) 18:20:17 ID:???0
邪馬台国の有力候補地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡(2世紀末〜4世紀初め)で、
3世紀前半(弥生時代末〜古墳時代初め)の大型建物跡が見つかった。市教委が10日発表した。
同時期の建物としては、国内最大の面積である上に、周辺で発掘された3棟とともに中心軸が
東西の同一線上に並ぶなど例のない計画的な配置だった。

邪馬台国の女王・卑弥呼が君臨した時期にあたり、専門家は「邪馬台国の中枢施設の可能性がある」
と指摘している。畿内説と九州説が対立する邪馬台国の所在論争に影響を与える発見となる。

市教委によると、大型建物は南北19.2メートル、東西12.4メートル、床面積は約238平方メートル
に及ぶ。現地説明会は14、15日の午前10時〜午後3時。JR巻向(まきむく)駅西側。雨天中止。

[朝日新聞]2009年11月10日17時0分
http://www.asahi.com/culture/update/1110/OSK200911100082.html

[かわいそうな関連スレ]
【社会】九州?近畿?論戦熱く…邪馬台国めぐりシンポ - 九州国博
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1257800670/

2 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:22:17 ID:yME7l72B0
2げと

3 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:23:32 ID:RMl52vdf0
ゴッドハンド禁止




4 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:23:54 ID:gZ6EijTn0
>床面積は約238平方メートル
に及ぶ。




俺の家より狭いな。

5 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:23:59 ID:GrptIcRV0
やっぱ九州

6 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:24:31 ID:XnLrosA20
やはり邪馬台国=大和=奈良だったなw
古代から日本人はしゃれやこじつけが好き

7 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:24:34 ID:00ALYkLYO
大体ベルサイユ宮殿と同じくらいの規模らしい
当時の魏の王宮の三倍くらい

8 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:24:47 ID:znYuuLVJ0
邪馬台国の王は朝鮮半島からの渡来人。
これが天皇の起源。

9 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:24:58 ID:o8sds7M2O
いずれにせよ、モモソヒメと大物主の関係は、歴史的に途轍もなく重要。

10 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:25:02 ID:FpdvafMb0
ここは仲良く間を取って出雲の国にしよう

11 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:25:05 ID:Yr0E0K8w0
九州だの近畿だの言ってるけど、
結局出雲だと思うよ。

12 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:25:17 ID:BUiYxi2i0
邪馬台国は畿内と九州、二つあったのが真実

13 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:25:30 ID:XARF4dyN0
いいかげん箸墓古墳発掘調査認めろや

14 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:25:35 ID:yME7l72B0
これで畿内説が決定的だね。

15 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:26:12 ID:RxwbynRXO
畿内説派なんで嬉しい

16 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:26:26 ID:h3V4u9hNO
九州でいいじゃん
奈良は大仏あるからいいじゃん

17 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:26:28 ID:Gx8lgBLNO
ゴットハンドでこじつけます

18 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:26:55 ID:yByHyaTv0
政権交代したんだし、宮内庁黙らして発掘しちゃえよ。


19 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:26:57 ID:wGb0bGsW0
ゴットハンドだろうね

20 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:27:28 ID:6PJq8qGU0
スーハーバーとか言って攻撃してくる渡来人がいた国か

21 :ぴーす ◆mQup6l1Ha. :2009/11/10(火) 18:27:45 ID:ouovhXWdO
あんま向こうの記述真に受けない
方がいいよ。

22 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:27:54 ID:Wi/fsGgL0
邪馬台国の国力って実際はどのくらいだったのだろうか?
三国志でいうと北海とか漢中くらいの規模だったのかな

23 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:27:58 ID:XARF4dyN0
纒向遺跡南の豊○はB地区

24 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:28:12 ID:FjTH5z0DP
いまにみていろ邪魔大王国 全滅だ!

25 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:28:20 ID:HeZ59uLyO
日本書記には近畿に邪馬台国があったと記されてるからな

26 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:28:34 ID:u20XojVI0
安本美典 「これは第二のゴッドハンド事件だ!」


27 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:29:04 ID:lSrPYDjVO
ちんこまんこち

28 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:29:05 ID:yUtA3PIq0
>>24
鋼鉄ジーグ乙

29 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:29:11 ID:G4WMOMu20
それでもあの人死ぬまで九州説は消えない

30 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:29:14 ID:jQ0CaA2W0
72坪か・・・

負けた

31 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:29:35 ID:8VuaxfpmO
正直ここしかないでしょ。九州なんて町興ししたいだけで、
まともな候補地すら絞れてないからな。

32 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:29:40 ID:mYbBQ+/V0
どうせ日本の歴史は短いから研究しても無駄でしょ

33 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:30:05 ID:AzKd7EPbO
>>8
なら関白太閤の朝鮮出兵も日帝の併合も何の文句もないよね?
南北朝鮮人は天皇陛下万歳を唱えて当然だよね?

34 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:30:26 ID:8Mod3JNw0
■天皇家の起源は韓国 朝鮮が本家で日本は分家

海音寺  「魏志倭人伝」の記述を真正直に読めば、倭の境は朝鮮半島にありますね。
つまり、三国志の頃の中国人は南朝鮮から日本列島にかけての地域全体を倭・日本と考えていたのですね。
ですからおそらく南朝鮮の人間と日本人とは同種族でしょう。

司馬 同じだと思いますね。 「古事記」だったか「日本書紀」だったかにも、スサノオ尊は朝鮮南部とさかんに
ゆききして、晩年はソシモリというところに隠棲したということになっておりますね。
その子のなんとかの命も、日韓を往復し、朝鮮の植物をうんと持って来て日本に植えた、ということになっていますね。

海音寺 辞林の著者の金沢庄三郎博士・あの人は言語学上から日韓同祖説を唱えていますね。
同祖説の最初の人ですね。
今日の日本の学者の中にもそういう人がいないではない。
騎馬民族説の江上博士なぞは、向うの方から、征服民族ですが、渡って来ているといってるんですね。
古代の一時期、朝鮮南端は日本の天皇家及び天皇家をとりまいている貴族らの根拠地であったという風に、江上博士は言ってますね。
最近の朝鮮の学者たちにもその説の人が多く、こっちが本家で、日本が分家だという説なんですね。

http://www1.megaegg.ne.jp/~myfriend/higeki.htm

つまり朝鮮半島南部の百済人や新羅人が日本列島に移住して大和朝廷を作ったということで決まりだね
実は天皇家も百済王家の分家だったということで子孫は韓国人だったわけだ


35 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:31:42 ID:Gx8lgBLNO
資料や議論でも九州派にタジタジの畿内説派のおえらい学者さんが必死で、、、、

ゴットハンドWWW

36 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:31:56 ID:+I111lh20
ツタヤ邪馬台国店だな


37 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:32:11 ID:LGjFa3JgO
>>25




へー

38 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:32:16 ID:fYS8XGpk0
卑弥呼なら俺の爺っちゃんと一緒に裏のお墓で寝てるよ

39 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:32:32 ID:6FxpvUuZ0
未だに特定できないのは、シナの隠ぺい工作4000年の歴史だそうです

40 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:34:19 ID:TGYUMyFP0
台与はやっぱ豊鋤入姫なのか

41 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:35:26 ID:doPafMTH0
>>4
建坪72坪か
田舎なら大概勝つな

42 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:35:41 ID:u20XojVI0
>>25
>>37

日本書紀の編者は、神功皇后=卑弥呼と考え、
神功皇后の業績を列挙する中で、魏志倭人伝の文章を別伝として引用している。


43 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:36:53 ID:8Mod3JNw0
日本が渡来人達の混成でできあがったと言うのは事実ぽい
呉族、隼人族、加羅族、漢族そして新羅、百済、高句麗からの渡来人達が
それぞれ覇権を争い聖徳太子の時代ぐらいに「大和」の精神で統一し日本を作ったんだよ

中でも一番モロに影響受けてるのが百済と加羅
百済そのものが朝鮮半島から日本列島に国ごと移転してきたような感じかな
言語も古代朝鮮語の影響がかなり見られる

日本はヨーロッパの貧しい人達や新天地を求めて移民して来たアメリカと似ている
1400年前に起こったか、わずか300年前に起こったかの違いだけだ
日本の皇室も百済、加羅の系統だろうし日本神話も朝鮮半島起源なのはほぼ間違いない

宮内庁が卑弥呼の墓だと騒いでる箸墓古墳の発掘調査を許可しないのは怖いから
その他の前方後円墳も中まで調べて朝鮮半島起源がバレたら大変だと思ってる
日本の天皇の名誉に関わる大事件になることを防ごうと必死になってる

44 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:36:57 ID:XnLrosA20
高松塚古墳の絵みたら即判ることやん。
衣装やその顔つきどこからみてもチョ祖やん。


45 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:39:48 ID:0yWhyUMNO
>>34元々は日本だった半島南部を韓国人に侵略されたということ。

46 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:40:25 ID:ywYE8FIz0
>>34
百済の王族は、満州を祖の地とする「フヨ族」を自称してるので
中国の韓地方を祖とする韓人とは違う。
中国の韓国が祖なのか
満州のフヨが祖なのか、王がどちらも名乗ることは無いので
その話は矛盾しており確実に間違い。

さらに言うと、朝鮮人には固有のY遺伝子が無い。

朝鮮人の遺伝子は、中華O系が85%、モンゴルが15%
日本人は、固有のD系が45%、中華が45%、その他が10%

だから、朝鮮で発祥した民族など無いし
倭人というのはD系がなければ中華から倭人と呼ばれるはずが無いので
朝鮮人はD系遺伝子が無いので倭人ではなく、つまり日本人と無関係。



47 :(´-`).。oO ◆abcDBRIxrA :2009/11/10(火) 18:41:19 ID:ZDwc/mil0
>>1
<安本美典によれば、卑弥呼は天照大神
<邪馬台国は北九州。後に神武天皇の時代に東遷して大和朝廷になった
      ∧_∧___  
      (・∀・ ) / | <これ、豆知識な
    ⊂ へ  ∩./ .|
   i'''(_) i'''i ̄,,,,,,/
    ̄ (_)|| ̄ ̄  

卑弥呼(天照大神 )は3世紀中頃の人物。しかも卑弥呼の墓は円墳。直径100歩、145メートル。
3世紀中ごろ、皇室の先祖は九州にいた。ちなみに神武天皇は3世紀末頃の人物。

纒向古墳は卑弥呼(天照大神 )の墓ではない。年代の推定が古すぎる。学者は年代推定をやり直したほうが良い。
もしも纒向古墳が卑弥呼の墓なら、卑弥呼と天照大神は別人、邪馬台国と大和朝廷は無関係。
        ∧_∧
      ⊂(・∀・ )つ- <これ豆知識な。 
     ///   /_/:::::/ 
     |:::|/⊂ヽ ノ |:::| /」
   / ̄ ̄旦 ̄ ̄ ̄/|
 /___________________/ | |
 | |----------|│


48 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:41:36 ID:vEzaLf4z0
★百済は日本人が建国した

『百済の歴史』は、前期と後期に分かれる。前期の国を「第一次百済」、後期の国を「第二次百済」と
呼んで区別して考えるべきである。第一次百済は、西暦315年に、帯方郡の漢人・倭人が大和朝廷の
支援を受けて、日本領=任那の北部地域に建てた国である。前年の314年に、高句麗の侵攻によって
帯方郡を滅ぼされた、帯方郡出身の漢人・倭人たちによる「亡命政権」が第一次百済である。
これに対して、第二次百済は、西暦475年に第一次百済が高句麗に滅ぼされた後、倭人の文周王が
大和朝廷の支援の下で、西暦475年に熊津(クマナリ)で建国した国であり、完全な倭人国家である。
また、第一次百済が、大和朝廷の支援を受けているとはいえ、役人の中核が旧帯方郡出身の漢人・倭人たち
であったのに対し、第二次百済は、役人も武将も全て倭人であり、本国=大和から派遣された役人・武将も
多かった。
第二次百済は、大和国家の一部と呼んでも間違いではない。

第一次百済は、乾馬国(コマ)と呼ばれていた。
これは、帯方郡が、古代日本人から駒国(コマのクニ)と呼ばれていたためである。

百済を建国したのは日本人であり、そこに住んでいた民族も日本人=倭人であった。
朝鮮人は、半島北部に住んでいたワイ人であり、百済人ではないのだ。

●朝鮮人=ワイ人と、百済人を混同してはならない。
●百済人のしゃべる言葉は日本語だった。

49 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:41:56 ID:EJujRdYX0
大体、海の向こうの土地に移り住んだだけでなんで言語まで変える必要があるんだよ。

50 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:42:29 ID:cRCjGQxG0
邪馬台国位置論争ってのは結局は天皇家が古代から一貫して日本の統治者だったかどうか
という問題にリンクされていて、客観的な歴史の研究じゃないからな。

本来は古代史の問題としてそういうことと無関係にやるべきなんだが、現状は従軍慰安婦強制連行の
有無レベルの邪念に基づいた論争に過ぎない。

51 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:43:09 ID:mokVcQIb0
>>22
三国志つってもね。赤壁、諸葛亮の北伐、などを頂点として、どんどん下がる。
邪馬台国のころには、辺境警備などを除く実質動員可能兵力は
公称20万。本当は荷駄その他を除く戦闘要員10万がとこ。10万動員すれば、国力はガタガタになるでしょう。
人口が300-500万しかいないんだから。

邪馬台国の7万戸が本当なら、魏が少ない朝貢にも喜んで贈り物をしたのは当然である。
奈良に7万戸は無理だから、畿内、瀬戸内連合王国でもなければ、その人口には達しない。
九州では、絶対にそれを賄えない人口である…。

52 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:43:20 ID:O4ubwPtm0
>>43
日朝同祖論は、戦前の朝鮮半島支配の正当化に用いられたから、
本来ならば朝鮮人・韓国人が怒らねばならないはずのものなのだが、
なぜか朝鮮人・韓国人は喜んで日朝同祖論を唱える不思議。

53 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:44:56 ID:eKXq/14N0
卑弥呼は大和朝廷と直接の関係はないだろう。同じ土地に住んでいた数百年前の日本の支配者というだけで。

54 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:45:09 ID:Gfi4SUZs0
>>34

>言語も古代朝鮮語の影響がかなり見られる

跡形もない言語の影響て・・・・

55 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:45:41 ID:ywYE8FIz0
朝鮮人には固有のY遺伝子が無い。

日本人は、固有のD系が45%以上持つ人が居る。

そもそも、朝鮮の主要な民族とされるのは、フヨ族と韓人だが
フヨ族は満州出身であり
韓人は名の通り、また中国の記録の通りに秦からの逃亡中国人。

これは、韓国人の男のY遺伝子が
中国系85%、モンゴル系C3が15%という事実で確かめられ
また韓国人は半島で生まれた民族では無い、ほぼ中国人ということがわかる。

東アジアで固有の民族を名乗るには、D系という固有の遺伝子の多い
最もD系の男が繁栄した倭、大和、ヤマトに属するしかない。

56 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:45:48 ID:820NAH/hO
>>13
古墳掘り返して朝鮮由来のものがでたら、文献通りに古代朝鮮は
和国に支配されていた証拠になるな。

天皇チョン説にしたい奴でたらめいうだろうが、朝鮮からの
貢ぎ物以外に文献との整合性は取れないな。
騎馬民族とかのファンタジーはムーあたりでわめいて欲しい話だな。

57 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:46:17 ID:w0JiGiWS0
うちの裏庭が邪馬台国だったらしいよ。
これ豆致死鬼な。

58 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:46:23 ID:Wi/fsGgL0
最近は大和朝廷じゃなくてヤマト王権っていうらしいね。
なんでカタカナになって王権となったのか?

59 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:46:56 ID:5Tb3HeLO0
>>47
自分も九州からの東遷説支持する。

60 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:47:06 ID:eKXq/14N0
>>50
まあ、そういうことなんだろうな。

61 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:47:46 ID:cRCjGQxG0
>>53
そういう可能性だってあるわけだし、逆に九州にいた卑弥呼の王朝がある時期に畿内を攻略して
支配下に置いたのが畿内天皇家の先祖という可能性だってある。

邪馬台国が九州ってことにしたい奴はなぜか九州に確定すれば天皇家の古代日本統治を否定でき
るように考えてるが、邪馬台国位置論争と日本の統治者がどの家系かとは必ずしも関係がない。

62 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:48:11 ID:OAuiV6Xv0
>>53
巻向は垂仁天皇・景行天皇の都したとこですよ
皇統の系図が正しいとすれば年代的にも矛盾しない

63 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:49:05 ID:EZ/TAxRuO
鋼鉄ジーグの出番だな。

64 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:50:33 ID:Gx8lgBLNO
卑弥呼の墓を暴いたところで朝鮮半島起源が出るわけないじゃん

卑弥呼の墓ではない、箸墓なら朝鮮半島起源が、わんさか出るだろうがな

65 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:51:08 ID:PjfLa+S40
邪馬台国は徳島にあるんじゃなかったけ???

66 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:51:12 ID:vEzaLf4z0
百済・任那は日本固有の領土

★百済は日本人が建国した

67 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:52:28 ID:rTg9DZeH0
しっかし考古学も建設会社にとってはいい迷惑だな

68 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:53:36 ID:diDYSJvhO
別に今の日本人が朝鮮ルーツでもかまわんよ。
サルから進化して人類が生まれたようなもんだwww

69 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:53:50 ID:AqbtMRwm0
巻向で決定でしょ、でもここは宗教施設。
邪馬台国は大阪南部から奈良盆地に
かけての地域だよ。二上山、葛城山周辺の事だから。

70 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:54:44 ID:Y4/yoLK7O
韓国による古代日本の統治が証明されるね

71 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:55:39 ID:QjUG4Wbl0
邪馬台国が巻向だとしたら、北九州には何があったんだろ?

72 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:56:09 ID:ywYE8FIz0

そもそも、男の遺伝子に
朝鮮半島固有のY遺伝子が無い、という時点で
半島で固有の民族や国家が生まれるはずが無い。

三韓というのは韓、つまり秦から逃亡してきた「中国人」の国であるし
百済や高句麗の王はフヨ族という「満州人」の国であるし
高麗の記録には、新羅の王の祖は「倭人」、大臣は「倭人」とある。
また、半島の民衆は「漢人」「倭人」であると書かれてある。

のちに、倭人を倭猿と罵る半島の中国人(簡単な算数だが、
半島の民族から倭人を除くと残るのは中国系)に追いやられ、
倭人は日本に全て帰ってきた(帰化した)。

どこを見ても、半島固有と取れる民族が無いのである。


73 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:56:22 ID:j+1kSvJKO
畿内説で決まったな
九州説あわれやのお

74 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:56:26 ID:FEs9W3oU0



卑弥呼は天照大神


「てんてるおおかみ」 って読むのかな?





75 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:57:41 ID:00ALYkLYO
>>21
>>51
呉や燭が降伏したあたりで「〇〇万戸の民を献上した」って書いてあったから
それで大体の国力比は解るなあ
七万戸なら燭の半分位の人口は居たんじゃない?

76 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:58:30 ID:cRCjGQxG0
客観的な研究なら、そもそも近畿の大学の学者は畿内説を支持し、九州の大学の学者は
九州説を支持するなんてバカなことはないわな。すんでる場所や所属で真理が変わるのかと。

77 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:02:38 ID:xSqytKrrO
本部が畿内で、後の太宰府みたいな外交チャンネルが北九州にあったってことじゃねーの

78 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:04:08 ID:u20XojVI0
>>75
対海国から邪馬台国まで全部合計すると15万9千戸。

蜀は28万戸94万人(263年)、呉は53万2千戸240万人(242年)、魏は66万3423戸442万2881人(263年)

もっとも三国時代の人口は、所詮支配者が把握した人口で、
西晋の280年には早くも戸籍上245万8969戸1616万3863人に復帰している。
実際は三国時代でも2000万人前後はいたと思われる。


79 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:04:16 ID:Gx8lgBLNO
卑弥呼と天皇家に一体どんな関係があるんだよ(笑)

卑弥呼は占い師なんだがな、箸墓は卑弥呼の娘の墓で決まり

80 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:06:16 ID:NYgUedpm0
いつも思う事があるんだがこの話題で

本当に魏志倭人伝は日本の事を書いた書物なのかという事を



81 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:06:18 ID:mJSz0x4/0
20XX年、奈良県の纒向遺跡で未盗掘の巨大な墳墓を発見。
豪華に装飾された棺を考古学者が期待を膨らませて、開けたところ中には
なにやら木簡が一つ入ってるのみ。
書かれた文字を現代語に翻訳すると・・・
「また騙されたお前がいるわけだが・・m9(^Д^)プギャー」

82 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:06:18 ID:tk+fdd3t0
>>76
畿内説を支持する学者は近畿に移住し、
九州説を支持する学者は九州に移住する傾向があると思うよ。

83 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:07:30 ID:TGYUMyFP0
うん、一大率とか卑奴母離とか、
すでに大宰府の前身みたいなのがあったんじゃなかろーか。

84 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:07:39 ID:eKXq/14N0
現在、日本の人口は中国の10分の1。半島南部は、日本の1/3。
古来から大体こんなもんだったんじゃないの。
後漢の時代は5000万人ていう説もある。その当時日本列島に500万人もいたかどうか疑わしい。

85 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:08:25 ID:NYgUedpm0
>>74

アマテラスオオミカミ



86 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:10:33 ID:n9acdefM0
>>34
散々悪事を働いたスサノヲが新羅に落とされるという記述は、古代朝鮮半島が
流刑地だった名残りとされてるらしいぞ。

87 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:11:13 ID:AK+ie43QO
決定的証拠が出ない限りはどちらとも言えんな。(ようこそ邪馬台国)
とか書いた看板とかな。

88 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:11:24 ID:eKXq/14N0
>>85
なにマジレスしてるのw

89 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:11:44 ID:ClxK3K+j0
もう決定的ですな

90 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:12:25 ID:mokVcQIb0
大陸も、黄河流域が砂漠化で追い詰められてたのが、華南の米を得て一気に人口を伸ばした。
日本も、米が作れるようになって人口が増えてゆく。
朝鮮半島南部は、局所的に米が作れるが、楠や桜を産しないところでは米は無理。

91 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:12:36 ID:u20XojVI0
>>84
説というか、そもそも史書に登場する戸籍人口が5000万人。
税金逃れなどの戸籍漏れを補正すると
実際の人口は7000万人以上ともいわれている。

200年頃の列島の人口は、奈良時代の推定人口(400万〜600万人)
より遺跡の分布数で逆算して50万〜100万人


92 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:12:54 ID:3pypnhjB0
神道の祝詞を素直に読むならアマテラスは九州日向にいた。
でもって神武東征して熊野から大和に入った。
つまり邪馬台国東遷説でおK

93 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:13:25 ID:QjUG4Wbl0
>>84
江戸幕府成立時で1300万人くらいだろ?
明治政府設立時で3000万人くらいだったハズ。
卑弥呼の頃の日本なんて100万人いたかどうかも怪しい。
せいぜい10万人程度じゃねーのかと。

94 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:16:48 ID:NYgUedpm0
>>93
違う違う

明治の初めには既に4000万近くいたよ

そこから昭和20年頃までには7500万近くに膨れ上がってる


95 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:17:02 ID:OAuiV6Xv0
>>92
神武東遷は事実だったかもしれないが巻向遺跡(崇神〜景行)が邪馬台国とかぶるとすると
東遷はもっと前

96 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:17:27 ID:8A7rdzhK0
九州説とかすでにオカルトだろ?
九州説に有利な材料などここ最近はほとんどない

97 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:20:25 ID:jeggfHxi0
狩猟採集で暮らしてた縄文時代は東日本の方が人口が多かったんだっけ?
稲作が伝わると西日本の人口が増えていった、と。

98 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:20:26 ID:u20XojVI0
>>94
明治5年の人口は本籍人口が3311万0796人、戸籍漏れを補正した推定人口が3480万6000人。
xttp://www.stat.go.jp/data/chouki/zuhyou/02-01.xls


99 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:23:58 ID:ls669oL20
九州人必死すぎ。
村おこしに利用したいだけのくせに。

100 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:24:48 ID:NYgUedpm0
つうかそれ以前

魏志倭人の倭人は本当に日本人の事なのか?



101 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:28:35 ID:mokVcQIb0
>>95
1-2世紀、弁韓の鉄を輸入し、漢と通じていたのは北九州諸国。
瀬戸内、畿内には、彼らが鉄をコントロールして流す。
淡路島などに、大規模な鉄の加工、貯蔵施設。

そして、倭の大乱。高地性集落が出来、瀬戸内〜畿内が直接鉄を手に入れる。

で、邪馬台国。

102 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:32:33 ID:JkM5YMFZO
畿内だとすると、当時の中国人は距離は正確に測ったけど、
方角を間違ったってことか。

結構マヌケだな。

103 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:32:46 ID:cQ2EiYS70
九州とも関西とも全く関係ない、名古屋の俺が結論を述べますよ。

実際卑弥呼は縄文系だろ。女系だし。
現在の天皇家とは一切関係ないだろ。
日本の歴史からなぜか消されていて、魏史だけに残っていたのが実情だし。

それに、正直関西は遠すぎだろ。

104 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:34:39 ID:3pypnhjB0
もう箸墓掘って「親魏倭國王」の金印見つけるしか無いんじゃないの?

105 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:36:06 ID:ezewE8fU0
>>74

テンショウダイジン

106 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:37:30 ID:40iPL7Cf0
打てん中止

107 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:44:38 ID:3pypnhjB0
「ヒミコ」だの「トヨ」だの「ヒナモリ」が現代から見ても日本語の音韻に馴染んでいて、
記紀に登場する人名が日本語に馴染まないのはなぜだ?
ちなみに百済、新羅など半島の人名はもっと日本語ともコリア語ともかけ離れている(これが古代朝鮮語ってことか?
)

108 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:48:24 ID:8VuaxfpmO
>>102
方向間違いの例なら他にもあるからね。
随の時代でも済州島の方向間違えてるし。

109 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 20:54:31 ID:Azaryp6BP
>>100
倭人=呉・越人系(長江下流域文明)=O2b遺伝子と見るべき。
この遺伝子はベトナムや韓国でも見られる。
その点に日本人と言うよりは、第三波華僑。

・原日本人であるシベリア系旧モンゴロイド(C系遺伝子)
(アボリジニーや南米のインデアンも同じ)
・そこに華北系の縄文人(D系)がやってくる
(この遺伝子はチベットと日本固有と言っても良い)
・縄文時代後期に漢民族系(O3系)が少し流入してきてる。

その後、上記の倭人が流入してきて、縄文人と混血化していったのが
現在の日本人の主流。




110 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 21:11:40 ID:fgNZcqnZO
福岡県山門郡を忘れないであげて

111 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 21:12:44 ID:sVo+RLQQO
>>83
ヒナモリは日本書紀にも記載がある

日本書紀の祟神〜仲哀と倭人伝を読み比べると
邪馬台国は初期大和朝廷=巻向だと納得できる


112 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 21:18:42 ID:ZblVY2/9O
邪馬台国!邪馬台国!

113 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 21:19:38 ID:5Z5P3kMIO
箸墓はかなり有力だと思う。

114 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 21:44:15 ID:F4DuaQINO
ハニワ幻人め!

115 :正論:2009/11/10(火) 22:40:13 ID:zGbq2CVF0
236 名前:名無しさん@十周年[] 投稿日:2009/11/10(火) 19:06:45 [夜] ID:nmt8YJE0O (携帯)
距離なんて進行具合や速度によって多少違ってくる…方角に関しても直線ばかりじゃ無いので立ち位置によっては違ってくる…しかし、食べ物に関してはほぼ断定しても良い。
内陸の奈良でどうやって魚貝類を食べるんだよ?w
畿内説なんて捏造以外有り得ない。

116 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 22:46:33 ID:vsb6Tif80
>>115
当時は大阪と奈良の県境くらいまで海だった地域も多いけどね
あと、魚介類は湖でも獲れるし

117 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 22:48:30 ID:uvvmx4BeO
邪馬壱国は九州発で東遷というのが自然な考え方だと思うが

118 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 22:53:11 ID:0yhXulLEO
封印石出てくればガチ

119 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 23:11:23 ID:Fs5Be0FLO
>>117
仮に東遷があったとしたら
大乱のあった3世紀前じゃないと。
だから結局邪馬台国は畿内になる。

120 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 23:48:29 ID:L1oGzgBFO
>>115奈良盆地は大部分湖だった。
だいたいこの小さく細長い日本列島は長野とか例外として、大陸の感覚ならどこだって沿岸だぜ。
奈良はたいして海から距離無い。京都だってたいして内陸部じゃない。実際海の魚食べてるじゃない。海岸地域よりは海の魚を得にくかっただけで。
内陸といったら中国の長安とかさ、絶対に海の魚なんか食うの不可能だったんでね。

121 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 23:56:28 ID:atz68hAy0
北九州と近畿の間で社会の均一化が進み、地域よりも同族間の結びつきが強くなったのでは?
耶馬台連合と狗奴の間を例外として。
ただその当時、北九州が近畿に服属するメリットがわからない。

122 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 00:02:46 ID:RJGm+yeG0
しかしこれだけ証拠が出てくると
畿内説が俄然有利なのでは。

123 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 00:11:58 ID:McLlLZkf0
纒向は出土器からみて東海地方に本拠がある勢力の拠点で
補給線をそっちに頼ってたんだろ?
で、大阪湾側の勢力とは敵対してたから、前進基地でもあった。

124 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 00:12:02 ID:hnIKiYMjO
そこで狐と鼠と鹿の神の使いがサンカクに封ぜしヒミコの力を(以下略

125 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 00:12:38 ID:GWWjDfLW0
大きなクニということでは耶馬台か狗奴あたりを思わせるが、
伊都国と主従関係を結んだ親魏の国という証拠は?

126 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 00:13:18 ID:x/9nDIBq0
東遷っていうけど、本体が移ったのじゃなく、もとは九州だったのが畿内に
支店みたいなのを作って、時間とともに力関係が変わり本家を乗っ取った
とかじゃないの?
史書なんかうのみに出来ないもんでしょ

とかぼんやりと思ってるけど、実際にそういうのが起こったのはどの時代かなー
卑弥呼の時代よりも前の記憶かも
卑弥呼の方が先で「東遷」があとならナガスネヒコとかのほうが卑弥呼の末裔
だったり

127 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 00:19:05 ID:4NF3F2cgO
誰か前世の記憶はないのかよ

128 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 00:20:48 ID:KWhDwRptO
巻向から金印が出土したら、大変な騒ぎになるだろうな。


129 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 00:24:33 ID:x/9nDIBq0
>>127
維新のころの記憶ならあるけどさすがに2000年近く前のことは覚えてない
室町のころのでもかなりぼんやりとしてる

130 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 00:27:17 ID:pXD0bHol0
>>128
魏志倭人伝読めば分かるが、親魏倭王の金印は仮に授けられたもの。
つまり、返さなきゃいけないものだったので、卑弥呼が死んだときに
魏に返した可能性が高い。



131 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 00:31:25 ID:cScxKQU4O
この記事の言いたい事って要は、
3世紀前半の大型建物跡、モンキーランドの中枢施設か
って事だよね

132 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 00:56:06 ID:jTUv48pQO
>>126
> 本体が移ったのじゃなく、もとは九州だったのが畿内に
> 支店みたいなのを作って、時間とともに力関係が変わり本家を乗っ取った

トヨタとかフジテレビとかみたいなもんかw

133 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 01:47:47 ID:yyaX7lnz0
>>71
末廬国伊都国奴国不弥国

>>100
日本人の定義によるんじゃない?

134 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 02:03:57 ID:es541GnP0
そうかなあ

135 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 04:42:13 ID:XE/2ij2n0
>>132
それもおかしい。
九州王朝説は書紀に書かれていることを根拠にして神武東征が歴史的事実だといってるが、
その書紀にはこう書かれてる。

「『東に美し地有り。青き山四に周り、其の中に亦天磐船に乘りて飛び降る者有り』と。
 余、謂うに、彼の地は、必當ず以ちて大いなる業を恢き弘べて、天下に光り宅るに足るべし。
 蓋し六合の中心か。厥の飛び降る者は、是、饒速日と謂うか。何ぞ就きて都なさざらん」

神武は、奈良に国の中心があり、そこはすでに自分と同じ天孫族が治めている土地であると言ってる。
つまり、仮に神武東征伝説が事実だったとしても、当時から国の中心(オオクニヌシの都)は畿内にあったということである。

136 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 04:46:56 ID:XE/2ij2n0
神武伝説が事実だとした場合。
本店 大和盆地
支店 九州のどこか
ということになり、神武は創業者一族のコネで就職し、地方の支店に配属された人ということになる。

137 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 04:49:15 ID:SQzNlQUD0
もう、畿内も北九州も宮崎もぜんぶ邪馬台国でいいじゃん。

138 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 04:49:48 ID:k4pgqrktO
一度栄えた場所が寂れたにしろ
吉野ヶ里は寂れすぎ

数千年たってても、砂漠でも無い限り栄えてるんじゃないかな


139 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 04:51:09 ID:4nUTb2ksO
>>127
ミミズでした

140 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 04:54:51 ID:SQzNlQUD0
>>138
交易の中継地点だったのが、交易ルートが変ってしまって廃れたとかなんとか。

141 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 05:07:13 ID:yyaX7lnz0
>>138
泥で埋まった後、その上で更に生活を始めるか、
もっと他の場所に移るかは究極の選択だ

142 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 05:31:34 ID:d3rZMFAG0
早く天皇家を追い出そう
ウヨはなんで朝鮮系一族をなんで崇めるの?

あっウヨ自体が朝鮮人が多いから仕方ないのか

143 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 05:36:45 ID:KBieiAZQO
卑弥呼の墓は奈良の桜井にあるナントカ古墳で確定か?

144 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 05:40:21 ID:m/3j14SUO
>>1
もう奈良は、開発諦めろ〜
発展も無理。
何かやれば京都以上に出る〜
開き直って歴史のテーマパークや自然を残す巨大な村にしろ。

145 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 05:40:27 ID:izo+ta9n0
九州説を信奉するのは素人ばかりといわれ出したのは、一回りも二回りも昔の事。

卑弥呼の墓も箸墓だろうと言われて久しい。次は二人居た女王の台与の方の陵墓がどこか。

146 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 05:54:48 ID:7kKcbECH0
>>34
その新羅の建国神話じゃ、むしろ倭人の力を借りて建国してますがな。w
倭人と思しき人物が王位についてた時代もあった程。百済も少なくとも途中からは日本の傀儡政権だし。

本拠は日本で、朝鮮半島南部まで勢力圏・影響力を持ってた政権が出来てただけの話。

神話レベルでも普通に百済・新羅などが出て来てるのに、高天原などの起源の地が半島ならば、
別に隠す意味など無いし、例の桓武天皇の頃まで半島南部の支配権奪還を唱えてたのだから、
むしろ、「半島起源の政権として本拠地奪還」という旗頭を建てた方が楽なのに、
あえてしなかったのは、当時ですらどう捏造しても、半島起源とは出来なかったから。
スサノオだって、ある意味、罰で半島に行ったわけで、しかも「これは酷い」と日本に戻って来るわけだし。

てか、今更、江上波夫さんの騎馬民族説は。。まぁ、別に良いけど。w

147 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 06:39:53 ID:6uv+YxrvO
そもそも本州は西から東海あたりまで出雲が治めていた
また神武の東征時点で奈良が中枢だった
神武は九州を治めていた事実はなく九州が
国の中心だったことは一度もない

148 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 07:10:44 ID:hpSJQtcuO
卑弥呼とか邪馬台国とかは置いといて、
ある古代の権力者の建物ということでいいんじゃないかな。
発掘、研究していく過程で何か新しい発見があればそれはそれでいい。
密かに期待はしてるけど。

149 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 07:16:24 ID:7lXfjD/m0
金印がでなくとも
魏から送られた物を運搬する時にした封印が出土されたら
邪馬台国の可能性高まるな

150 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 07:19:11 ID:4OlTUUC10
>>148
歴史を楽しむ、の域ですね。
「これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」という言葉を思い出しました。

151 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 07:29:36 ID:7lXfjD/m0
でも、奈良からは邪馬台国の特産品とされている鉄と絹が出ないんだよな
邪馬台国人は全身イレズミだったそうだけど奈良にそんな文化あったのかとも思うし
九州には卑弥呼の墓らしきものが無いし遺跡の年代もあわないし
なかなか難しいね
しかし、魏志倭人伝を読むと、対馬と壱岐はそんな昔から名前が変わっていないことに驚く
歴史ってすごいなと思う
邪馬台もヤマトと読んだだろうし、そうするとやはり奈良かなとも思うが

152 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 07:39:54 ID:7lXfjD/m0
縄文人は犬をかわいがったんだよな
犬を埋葬したりしている
しかし、朝鮮からやってきた弥生人は犬を食べたそうだな


153 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 07:43:34 ID:axCmWgYbO
マクモニーグルも、奈良県と言ってたな。

154 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 08:11:31 ID:FriSqGZvO
>>151
勘違いしがちだが、あれは倭人の風俗を紹介してるのであって、
邪馬台国の風俗を述べてる訳じゃない。



155 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 09:12:39 ID:GWWjDfLW0
>>147
それを言うなら、漢委倭王も倭面土国王も親魏倭王も特に日本列島の政治上の中心とは言えず、
ただ、当時の中国との間の外交政治上を代表する拠点ということになる。

156 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 09:36:27 ID:+iuNO7EcO
>>107
記紀の人名も古い日本語だよ
現代と違う命名の仕方だから違和感があるだけ
「かけあしがはやいおとこ」とかさ、現代人に人名に見えるかい?

157 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 09:50:19 ID:09fzZZ28P
>>149
封泥だな

>>154
刺青するのは南方系
その点では周辺にそういう国があった九州って方が自然だろ



158 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 09:53:29 ID:XE/2ij2n0
>>152
縄文が異質なだけで、犬などつい最近まで食ってた。
弥生日本と現代日本とが直接繋がってる証拠である。
日本・朝鮮だけでなく、中国人や東南アジア人など、アジア人は広く犬を食用にしてきた歴史がある。


159 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 09:59:55 ID:x4+uCdaG0
九州説を支持する人間の一部は、手塚治虫の火の鳥に出てきた様な「天照大神=卑弥呼」な刷り込みがあって、
神武東征以前の天皇家の先祖が畿内にいるのはおかしいと思い込んでる気がする。


160 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 10:00:29 ID:XE/2ij2n0
農耕民にとって犬はさほど必要性のない家畜だが、縄文の場合は、一部に農耕が行われたとはいえ、
生業の基本は狩猟採集であり、しかもその時代が異常なほど長かったせいで、
犬を食べるということはなかったのだろう。

161 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 10:03:41 ID:XE/2ij2n0
箸墓はまだ全体の5%しか発掘してないそうなので、今後作業が進むにつれて
新しい発見が続々と出てくると思う。

162 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 10:09:30 ID:EY+cI/JzO
九州説っておおざっぱすぎ。九州のどこなの?それすら決まってない。

163 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 10:10:45 ID:/KiDSFtT0
>>102
そもそもあれは「カラ出張」の偽造報告書じゃなかろうか。
ガイドブックとネットで適当にひろってでっちあげるの。

164 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 10:12:00 ID:JDvvDY4T0
>>151
そもそも中国の記述なんて真っ正直に信じて
日本古代史研究の原点にしようとするあたり無理がある

165 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 10:17:18 ID:GQg+Ub4QO
>>162
無知なゆとり脳乙。
佐賀県の吉野ヶ里遺跡ぐらいは知ってるだろ。

166 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 10:20:27 ID:XE/2ij2n0
方角に関しては、岡田英弘氏が、始めから魏には倭国を使って敵対国であった呉を牽制する意図があり、
そのためには呉の沖合に倭国を持ってくる必要性があったので、意図的に方角を曲げたのだ
と言ってるが、たぶんその通りであろう。
ちなみに岡田氏は九州論者である。

167 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 10:22:47 ID:lZhDAIP7O
マグネットパワー、嵐を呼ぶぜ

168 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 10:24:44 ID:h4L+sQn90
犬を食用家畜として初めて飼ったのは、長江文明だったとアメリカの学者が
解明したばかり。長江文明の拡散に連れて犬食は広がった。日本では犬を
家族と同様に扱う縄文文明が影響が有ったので、中国や朝鮮の食習慣が入る度に、
ブロック現象が起きた。朝鮮と地理的にこれほど近いにも係わらず、韓国の様な
広範な犬食現象は起きない。現代日本の犬食は、主として在日によるものだ。

169 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 10:31:04 ID:xc0l3uFJP
そもそも万世一系を前提にするから九州東遷どうこうって話に
なる訳で…
一つの仮説として、
邪馬台国=弁韓系=漢民族系=崇神天皇=三輪王朝=Y染色体O3系
越人系倭族=馬韓系=九州系=応神天皇=河内王朝=Y染色体O2b系
九州の縄文系である隼人
東国蝦夷の4勢力に分かれてたんじゃ?

で、河内王朝が三輪王朝を滅ぼした事を持ってして大和朝廷が誕生した。
これを神武神話としてフィクション化。
三輪王朝系は、東国蝦夷勢力と協調しながら、反撃の機会を待っていた。
そして政権交代で誕生したのが継体王朝。



170 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 10:35:10 ID:XE/2ij2n0
当時、断髪文身鯨面し、水に潜って魚を捕る倭人の話を呉人が聞いた時なんと思ったか。
おそらくかつて呉を滅ぼした越人を思い出したのではないか。


>>168
中国は食肉専用のチャウチャウという犬種まで作り出したほど犬食文化が発達した国。

171 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 11:27:00 ID:FriSqGZvO
>>157
だから倭人の風俗なんだから、
九州方面の人を紹介しただけかも知れないしね。
畿内説からみると、九州は外交を司る玄関口なんだから、全く矛盾しない。
それに厳密には刺青は九州方面だけでもないし。

172 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 11:29:20 ID:+iuNO7EcO
>>165
吉野ヶ里は全盛期の時代が合わず、今は昔の郡名あたりから記述にある別の国ではと推測されている

173 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 11:30:47 ID:HTr4GSjtO
畿内で確定ですね

174 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 11:37:14 ID:+iuNO7EcO
>>157
刺青して素潜りするのは海人の風俗だが、古代に既に九州から東海にかけて分布している
一部は内陸部にも進出した
ヨーロッパのバイキングみたいな感じだね
バイキングは北欧から沿岸伝いに地中海に進出する一方、キエフなど内陸部へも進出した


175 :三河農士 ◆R2srkOAYfTmd :2009/11/11(水) 11:38:08 ID:kOYI2gChO
邪馬台国かどうかは知らんが、これは第十代崇神天皇から第十二代景行天皇が都を置かれた遺跡だろ。
何でそういう報道の仕方をせず、支那の歴史家が伝聞を元に記述したものに躍起になるんだろうか。

176 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 11:45:40 ID:EY+cI/JzO
>>165
無知なゆとり脳乙。
佐賀県の吉野ヶ里遺跡がいつ邪馬台国になったんだい。

177 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 11:46:48 ID:HOHH8Gwv0
>>167
受けてみるんだ、このワザを〜

178 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 11:56:22 ID:OLgfszKUO
今に見ていろヒミカの一族!全滅だぁ!


179 :三河農士 ◆R2srkOAYfTmd :2009/11/11(水) 11:57:09 ID:kOYI2gChO
畿内説で卑弥呼に比定される倭迹迹日百襲媛命は第七代皇霊天皇の皇女であり
その弟吉備津彦命は四道将軍の一人として吉備道を平定し吉備の連の祖となった人物。
倭迹迹日百襲媛命の御陵であると言われる箸墓は初めて作られた前方後円墳であり
この形はそれ以前の大和型の古墳と吉備型の古墳の合体だとも言われている。
倭迹迹日百襲媛命と吉備津彦命の姉弟が当時の日本においてどれだけ大きな影響力を持っていたかが伺えるだろう。
因みに日本武尊の父景行天皇の母方の祖父は吉備津彦命である。

180 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 12:15:34 ID:bONcBssHO
邪馬台国かどうかではなく大和朝廷の成立時期の問題だと思う。

181 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 13:14:30 ID:XcZ2SR8oP
>>12
同レベルがすでに日本各地にあったけど統一王朝が無かっただけって落ちじゃないのか。

182 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 13:22:13 ID:fiYdvJdOO
邪馬台国=台湾
倭人=台湾原住民

183 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 13:36:04 ID:GWWjDfLW0
どちらが政治的に進んでいるとも言いにくいが、ヤマトは新規入植地である分、奴隷的に使役できる労働力と空き地に恵まれ、より大規模な造営が可能となるということでは?

184 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 13:50:52 ID:dE3y6XVFO
景行天皇の宮じゃないの。巻向宮。200年代前半。

185 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 13:54:49 ID:dE3y6XVFO
>>175
全くだね。日本書紀の記述から探ったほうが早いだろうに、いつも「卑弥呼卑弥呼」っていいたがるんだよね、新聞屋も自称専門家も。

186 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 14:07:09 ID:xc0l3uFJP
>>179
地政学的に見れば分かりやすい。
出雲→吉備→東国(裏日本+東国)=製鉄技術と外交能力のある種族

九州北部→瀬戸内海→河内+大和?=稲作、航海術に長けた種族

前者は、裏日本、山陰道→東国と支配権と鉄資源を抑えていった。
その上で後者の東国進出を抑える地政学的意味において
非常に重要な拠点が大和だった。中国でいう中原。
大和を支配して、山陰道から山陽道を攻めれば、後者の種族は
完全に東西に分離されて孤立化する。
それを持って邪馬台国、三輪王朝が日本で樹立されたと見るべき
なんじゃないかな。








187 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 15:14:23 ID:BvJuvD/70
>>1
うそ臭いねw
まあ九州もかんなり怪しいけどぬぬもももももも

188 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 15:21:23 ID:m4H9OgtQ0
親魏倭王の金印が出れば確実

189 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 16:41:29 ID:GWWjDfLW0
無事に生き残れていたら中国に返したろうし、そうでなければ英彦山の山中か耶馬溪の奥にある。

190 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 16:44:41 ID:UdBT1eqV0
まあ、普通に大陸に返されていつかの時代にとかされて他の物になってるん
じゃない?
ウチの爺さんの金歯とか

191 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 16:48:52 ID:ymM42AlOO
なんだか知らんがまぁウリ達は偉大ニダ

192 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 18:26:15 ID:6uv+YxrvO
>>155
その通りだよ

193 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 18:41:48 ID:6uv+YxrvO
>>157
淡路島に顔に刺青するやつがいて
イザナギ神が怒った話あるよ

194 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 19:18:54 ID:PHwDKbDe0
でかいからってなんで邪馬台国になるんだよw
”邪馬台国”って看板も出土したのかよww

195 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 19:44:41 ID:8UTj2wsCO
そもそも、魏志倭人伝には「邪馬臺国」ではなく「邪馬壹国」と書いてあるんだろ?
この遺跡は「やまいちこく」の遺跡じゃねえか

196 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 22:21:23 ID:+mTTWPNM0
そもそもが邪馬壹国と大和王権につながる勢力を同一視する必要もないしな
魏志倭人伝に書かれてたのは九州周辺の事情のみで本州のこととかは全然書かれて
居らず、同時代に別の勢力があっただけかもしれん
それなら邪馬壹国は九州にあって、より強い勢力であったにもかかわらず大陸との
直接の交渉はさほどしてなかった巻向のクニがあったのかもしれん

197 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 23:45:21 ID:yyaX7lnz0
纏向は邪馬台国ではない
なぜならそうとなえているのが考古学者だからだ

198 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 23:50:20 ID:t7Dyye4X0
こんなスレあるんだな、情報収集したいし入会しようかな。

謎の女王卑弥呼は誰か?邪馬台国問題に終止符!40
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1255870802/

199 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 23:52:29 ID:CDwrg2c90
棒ラーメンだって九州だろ?

200 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 00:04:52 ID:oXzoHU4T0
>>179
箸墓より明らかに古い前方後円墳が発掘されてるんだが・・・

201 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 00:32:14 ID:9HUO6Frw0
裏を突いて四国が邪馬台国で
うどんの茹ですぎによる渇水で滅亡したと提唱してみる

202 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 00:48:57 ID:+3307sH00
狗奴国ってのは、どちらの説も九州の南、熊本あたりってことでいいのかな。

それでもって、九州説は、同じくらいの大きさの邪馬台国が九州の北のほうにあったって感じで、
畿内説は、九州から畿内まで含む大きな邪馬台国があったってことかしら。

基本的にロムるつもりなのだけど、頭の整理。誰か助けて。

203 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 00:52:44 ID:a/r/r9NO0
日本列島は3世紀当時と形が違う
奈良はその頃九州だった

204 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 00:53:21 ID:nR0xSq6K0
実は逆ウリナラファンタジーでその時代の日本にはそのくらいの大集落はあちこちにあって卑弥呼とかは九州かそこらの単なる小地方領主。
それを支那人がこの程度のクニでこのレベルならきっと国王と勘違いw
だから畿内掘っても九州掘ってもそれなりのものが出ちゃうから決定打なし、そうだと思って掘らないだけで東日本でも出たりして。
日本人の祖先なんだから支那と交流すりゃそれまでのもの否定しちゃうし、半島と付き合えば国内衰退させながら投資して失敗しちゃったんじゃんないか。
飛鳥時代とかその辺は。

205 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 01:51:15 ID:W3OaAfNdP
三国志なんかちゃんと位置わかってるのに
なんで邪馬台国はわかんないの?
公孫賛たおして趙雲探しに行くだろ普通

206 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 02:49:01 ID:ndjlXYWt0
>>164
中国の文献を信じないなら、
邪馬台国は消えるぞ。

日本各地に大なり小なりのクニがあった。
これくらいしかわからない。

207 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 02:53:44 ID:ndjlXYWt0
>>196
中国の文献には、倭国=邪馬台国=日本と書いてあるだろ。
「中国と国交あるクニ」としての正当性を「後発のクニ」が奪ったとも書いてある。

つまり、中国との外交関係を持つ小国=邪馬台国を、
強大な畿内勢力が滅ぼし、正当性とヤマト等の名称を引き継いで、
「日本」を代表するようになったってことだろ。

208 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 03:07:35 ID:W3OaAfNdP
もうあれだw 中国に決めてもらうしかないなw
みつぎもの用意しとけよw >奈良

209 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 03:11:01 ID:2gJZZomT0
もう海に沈んだ島だったで決着つけていいんじゃないか


210 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 03:19:00 ID:c/WTtZLEO
>>195
ヒミコのあとを継いだ女の人の名がトヨで、
やはりトの字が壹と臺の二通りあるよ。

211 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 03:19:13 ID:kVmImnSj0
決着がつくと困る人もいるから、それくらいにしておいてやれよww

212 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 03:22:09 ID:MsH3+yNl0
邪馬台国がああだこうだと論じ合っても
外国人参政権・外国人住民基本法の成立で
ゆくゆくは中国の一部になるんだから、どうでもよくなった。

213 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 03:27:24 ID:YcnB1TzwO
>>195
その説を最初に唱えた古田武彦は、今じゃ完全にトンでも学者になってるから

214 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 03:27:37 ID:iCKh5YKJO
邪馬台国→邪魔だ異国

この名前が誤解を生み、中国の史書から抹消された可能性がある(・ω・)/

215 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 03:35:55 ID:jUcAHdufO
邪馬台国は俺たちの心の中にあるんだ…

216 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 03:40:14 ID:5w8OYxG00
>>214ねーよw
日本語読みじゃねーか

217 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 03:40:41 ID:eWRyMzA1O
邪馬台国の場所と、坂本竜馬殺害の支持した奴と実行犯ぐらいは知ってから死にたいとおもてたけど、もう邪馬台国の場所は確定だな

218 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 04:16:42 ID:Ywas7ene0
邪馬台国はもちろん奈良だけど、マキムクに卑弥呼の宮殿があったかというと、それは疑問。
弥生後期は、まだ唐子・鍵遺跡が奈良の政治の中枢だったはず。
卑弥呼=ヤマトトトヒモモソヒメも、そこで育ったことは日本書紀を読めばわかる。

九州の学者は、マキムクは100年早いというが、
それなら、唐子・鍵遺跡がぴったり卑弥呼の宮殿と重なることは無視してるのが可笑しい。


219 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 04:34:37 ID:wMEEQgY+0
>>212
このことでつね?                                                                   
    【最重要】全世界各エリアへ拡散希望/
外国人参政権法案はおまいらへの目くらまし。
その裏でちゃっかりと提出された・外国人住民基本法・を成立させることこそが、売国民主党の本当の目的。

外国人住民基本法とは・・・
・日本政府と日本人を長年縛ってきた「単一民族国家観」を廃し、「他民族共生社会(※国家ではない)」へと方向転換することを大目的とする
・不法入国者であろうが不法滞在者であろうが、3年間滞在すれば、永住権を与える
・不法入国者であろうが不法滞在者であろうが、日本国内で出産した場合、その子供には永住権を与える
・永住権を得た外国人は、どのような不法行為を行っても、国外退去処分はされない
・永住資格者には地方参政権を与える
・永住資格者には公務員になる資格を与える

くわしい条文。
【PDF】http://www.pusan-jchurch.org/gaikokuzinkihonhou.pdf
【参議院請願済み】http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/seigan/171/yousi/yo1710948.htm




220 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 05:35:37 ID:6zAG3F4UO
>>212
>>219
政治厨ウザいよ
こんなスレにまで出張ってこなくていいから。

221 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 05:54:06 ID:PFz0+fM80
>>196
奈良の都(やまと)のことをすなわち魏書で書かれた邪馬台国であるといってる
隋書

倭國、在百濟、新羅東南、水陸三千里、於大海之中依山島而居。魏時、譯通中國、三十餘國、
皆自稱王。夷人不知里數、但計以日。其國境東西五月行、南北三月行、各至於海。
其地勢東高西下。都於邪靡堆、則魏志所謂邪馬臺者也。古云去樂浪郡境及帶方郡並一萬二千里、
在會稽之東、與?耳相近。

倭国は、百済や新羅の東南、水陸を越えること三千里、大海中の山島に依って居。
三国魏の時代、通訳を伴って中国と通じたは三十余国。皆が王を自称。
東夷の人は里数(距離)を知らない、ただ日を以って計っている。
その国の境は東西に五カ月、南北に三カ月の行程で、各々が海に至る。その地形は東高西低
都は邪靡堆、いわゆる魏志によるところの邪馬臺なり。

>都於邪靡堆、則魏志所謂邪馬臺者也

222 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 06:13:17 ID:mBDZKB7q0
>>179
畿内派は、こういう勘違いの上に成り立っているんでつね↓
「箸墓は初めて作られた前方後円墳であり」

前方後円墳が始めて出現したのは、近畿地方では有りませんよ。
九州・宮崎の西都原古墳群です。ここに世界初の前方後円墳を築いた勢力が
おりました。この勢力は、AD250~280頃、東征して奈良に出没。そこで
前方後円墳のセカンドセンターを築きました。箸墓古墳は、その一例です。

223 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 06:14:56 ID:+RwD90np0
a

224 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 08:42:23 ID:35CTFDjt0
巻向には囲いが見つかってないだろう。

225 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 08:49:27 ID:KtPn/LqqO
魏史の記述を信じて隋史の記述を信じない理由が全く無いよなあ。

隋史を信じないなら魏史も信じねばよい。
すなわちヤマタイ国など存在しない

226 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 10:33:57 ID:DWFh2YzF0
天皇陵の発掘調査させないばかりに、日本の考古学はどれほど
遠回りしているのだろうか

227 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 11:46:28 ID:SeJPle3u0
>>164
っていうか、なぜか古代日本にあった小国家群の記録が一切ない。
だから魏の記録を根拠にせざるを得ない。

小国家群の記録が残っていたら都合の悪い奴が消したんだろうさ。

228 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 12:59:07 ID:gB3mHLuf0
小国家群に記録なんか無いよ

229 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 13:09:27 ID:XBpj9AXZ0
>>227
小国家の記録

小国家自身:記録能力無し(文字文化じゃないから)
中国様:邪馬台国(と読んでる小国家)しか付き合いないから知らない。
その後生き残ったクニ由来の中央政権(文字文化が出来る):記紀に庶流の神々が載ってるでしょ。

そんなところだろ要するに文字記録当てにするなら口承伝承をもとにして一応その辺の情報も入ってるであろう記紀とか
もう一度しっかり検証する方が外国が伝聞で書いた話よりあてになるんじゃないのか本当は。

230 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 16:17:56 ID:iCKh5YKJO
仮に畿内説が成立するとして、狗奴国はどこになるの?

231 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 16:21:26 ID:QPjiDpr00
>>230
毛野国でしょうね。

倭人伝にも書いてなかった?

232 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 16:28:05 ID:GFgNt4OP0
>>230
「南」とされてるから熊野から東海辺りまでに国があったんじゃないか?
方向自体当時の記述じゃなんともだが「東」にあった国かもしれないし。

233 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 16:29:55 ID:U5hOBJiT0
ちょw

234 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 17:25:13 ID:V/FUpS520
>>230
方角はまったく合っていないが
狗奴国=許乃国(山城)説が興味深いな
卑弥弓呼が武埴安彦とするとその本拠地

さらにその官の狗古智卑狗=河内彦と考えると
埴安彦の妻 吾田媛は河内の出身だから

山城・河内に卑弥弓呼の支配がおよんでいたのかも 

235 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 17:33:27 ID:xcKG2c1bO
結局、天皇家より格上の一族の歴史は葬られたってことだろ?

236 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 17:35:33 ID:gB3mHLuf0
天皇家の一族だ


237 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 23:04:13 ID:QKeEemqAO
>>230 仮に畿内説が成立するとして、狗奴国はどこになるの?

狗奴国とは巻向王権に対抗する いわゆる葛城王権(神武系)のこと。
対外戦争ではなく、いわば主導権争いの内部抗争のようなもの。
邪馬台国問題に決着がついた現在、この「大和はいかにして成立したのか?」
という問題が日本史最大の論争テーマになってくるはず。

http://www.eonet.ne.jp/~organism/yamato-1_5.html#1-5-40

238 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 23:20:08 ID:W3PDbyTD0
邪馬台国の倭人はみんな、顔も含めた全身に入れ墨をしている。
記紀において入れ墨をしているのは、天孫降臨した王朝に従った
土着民や蝦夷だ。

邪馬台国の倭人と、4世紀末の倭人とは別の人種だろうね。

天孫族が、朝鮮から九州に渡ってきた王朝の末えいで、やがて
東征して日本を支配し力をつけ、かつての臣下もいる故郷を
取り戻そうとしたとすれば、全て辻褄が合う。

天孫降臨も大和を東征したことも、神話の形で書かれた史実なんだよ。

239 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 23:27:12 ID:W3PDbyTD0
親魏倭王が金印を与えたのは、全身入れ墨で魚を採り野菜を食べているヤマト。
神武東征では、九州に降臨した朝鮮王族が、「この国の中心はもっと東だ」
「東は内乱で混乱している」と言って、瀬戸内海を通り、大阪湾で激しい
戦闘をし、紀伊半島に迂回して「大和(はっきり大和と書かれている)」を
征服した。
記紀では紀元前660年のことだとされているが、事実だとしたら4世紀のこと
だというのが一般だ。

東征は事実なんだろう。
邪馬台国は、神武に滅ぼされた「大和」だ。

992 名前: 名無しさん@十周年 Mail: 投稿日: 2009/11/12(木) 23:04:42 ID: dNR0TKmx0
239年、卑弥呼を親魏倭王とし金印紫綬を与える
369年、倭軍朝鮮出兵、朝鮮南部に領土拡大任那日本府設立
391年、倭軍、大陸属民の百済、新羅を破りこれを臣民としさらに高句麗と戦う

明らかに239年と391年の倭は別物でしょ
シナにとって、そりゃあ混乱するわな

240 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 23:30:00 ID:iOqjRnFt0
>>238
「大陸だと入れ墨はカッコ悪いらしいっすよ」
って話が伝わり、上層部から徐々にそういう風習が無くなっただけかもしれんよ

150年ほど前だってあっさりとチョンマゲとかお歯黒を自分たちから辞めたじゃん、
どこかの島国

241 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 23:32:51 ID:W3PDbyTD0
>>239
>親魏倭王が金印を与えたのは、全身入れ墨で魚を採り野菜を食べているヤマト。
(訂正)
親魏倭王として金印を与えられた倭人は、全身入れ墨をして魚を採り野菜を
食べているヤマト(邪馬台国)の人たち。

242 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 00:07:28 ID:/JYkMlnEO
>>239-241
全身入れ墨をしていたのは、魏志倭人伝の元になる文書を書いた
帯方郡の郡使が伊都国に滞在している間に観察した被支配者側
である北九州の習慣。
支配者側であるヤマトには入れ墨の習慣はない。

243 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 00:07:42 ID:H4Aji6Rx0
>>239
なんで239年と391年の倭は違うと断定できるのかと、その根拠は何かと小一時間 (ry

244 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 00:54:30 ID:Ikl+9txz0
呉、越の人間は文身鯨面。史記に記述される通り有名なこと。
漢になるに及び、楚人は同化し、風習は廃れていくわけだから。
4世紀になって、その風習が元呉越な倭人から無くなっていても、ちっともおかしくない。

245 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 00:58:21 ID:pBbqmlR90
そう言えば、東征で滅ぼされた大和の王は、鯨と呼ばれてるね。
やっぱり鯨面だったのだろう。

246 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 01:12:54 ID:1pQOMJvS0
ほしゅほしゅ

247 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 01:22:54 ID:Ikl+9txz0
朝鮮半島南端部も、鯨面なんだよな。残念ながら。
その後、済州島くらいにしか海女などの文化は残らなかったけど。
九州と、半島南部は不可分。
今の土地区分で考えてもどうにもならん。

あの時代に、米を作っていたのは楚の人だから、それはしょうがないこと。

248 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 01:56:13 ID:Vlh8cC3j0
ほしゅほしゅ

249 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 02:06:08 ID:+XqdcWw40
ちょw

250 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 02:55:22 ID:WzwPidaD0
>>247
>朝鮮半島南端部も、鯨面なんだよな。残念ながら。
>その後、済州島くらいにしか海女などの文化は残らなかったけど。
昔の倭人の鯨面は、女に限らないんだけど。
記紀でも、むしろ男がやってる。
それも、蛮族出身者と、蝦夷。

アイヌも、最近まで鯨面やってたよな。
アイヌって、蝦夷に近い縄文人でしょ。

>九州と、半島南部は不可分。
>今の土地区分で考えてもどうにもならん。
だね。
天孫降臨は真実だろう。

251 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 02:57:11 ID:Ikl+9txz0
何言ってるかわかんない。
朝鮮人は帰って。

252 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 03:14:15 ID:Ws06XUVO0
>>250
そらそうよ?
白村江の戦いでボロ負けするまで半島南部は日本の領土だったんだからね
任那日本府って奴があった

ただ天孫降臨には朝鮮絡んでない
神話を見ていくと、天孫降臨以後に挿入されている海幸山幸などの話しは
東南アジアに広く分布した物語だったりしており、降臨は南方の島嶼地域から北上の話しっぽい

253 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 03:53:11 ID:bRRodaOa0
戦後まで、天孫降臨の出発地を韓国(当時も朝鮮を韓国と言ってた)とする
のはタブーで、日本書記に韓国と書いてあっても、それは韓国ではない
とされてたんだよね。

今もそうだけど。

でも、対馬や壱岐を通ってたどり着くのが九州なら、朝鮮から渡ってきた
以外にないだろ。

254 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 03:57:05 ID:Qt0fpvsD0
は?

255 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 04:09:34 ID:Ws06XUVO0
>>253
そこ通ってないし

天孫降臨の地は九州南部
つまりそれを見ても南方の島嶼を伝って来たと考える方が妥当

256 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 12:04:01 ID:fDg4MiCJ0
記紀にある日向と日向国は別物であろう そもそも成立時期が違う
出自の地が日向国だなんて、かなり後まで中央に靡かなかった熊襲に近すぎる
4世紀前半から7世紀前半にかけて作られたとされる西都原古墳群などは、むしろヤマトの
勢力の前線基地となった一族、あるいはその同盟国・被支配国の物ではないか?

宮崎の高千穂などが一般に有名になったのは高度経済成長期に宮崎が観光地として売り出す
ために宣伝を強くしたのの影響が強い
もちろん前から候補地の一つとはされてはいたけどね

257 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 13:12:36 ID:aJLrVPow0
その当時、宮崎を最前線基地とするような強大な勢力など考えられない。
類似の文化を持つグル−プが列島各地に分散し、中では奴隷労働力と資源に恵まれたヤマトが最も規模が大きくなったといったところだろう。
イングランドの分家ではアメリカ合州国、オ−ストラリア、ニュ−ジ−ランド、南アフリカなどがあるが、
アメリカ合州国がオ−ストラリア、ニュ−ジ−ランド、南アフリカなどを支配していたことにはならない。

258 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 13:13:21 ID:Mro2lMn10
>>255
日を向いてる土地は九州南部にもあるけど、韓国が見える土地はないでしょ。

日本の考古学は、都合が悪いと「韓国」は韓国じゃないことにしてしまう、
そういうレベルw

259 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 13:16:36 ID:UzSKd/c3O
また始まった

260 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 13:31:44 ID:6QOn+j5g0
天孫降臨した人が住んだ所

「此地者 向韓國 有真之道通笠紗之御前 又此地者 朝日之直刺國 夕日之日照國也 故 此地甚吉地也」
古事記

・韓国に向かっていて、笠沙の御前(岬)へ道が通じている
・朝日がさし、夕日が照らす

何よりも韓国に向かっていること、笠沙の岬に通じていることが大事にされてる。
韓国の笠沙の岬というところが故郷なんだろう。

261 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 14:55:17 ID:kBqBZTZr0
>>260
どこから故郷という根拠が出てくるのか分からんが、よく攻めこんではいるな

262 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 15:15:03 ID:Ws06XUVO0
>>261
そりゃ近隣の弱小国だからな

沖縄にだって航路確立後にはガンガン攻め込んだだろ

263 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 16:56:46 ID:jyXfg0OW0
天孫降臨(てんそんこうりん)は、アマテラスの孫であるニニギが、葦原中国平定を受けて、葦原中国の統治のために降臨したという日本神話の説話である。

朝鮮の建国神話、とくに加耶の始祖首露王が亀旨(クジ)峰に天降る話と似ていることが、神話学者の三品彰英によって指摘されている。


神武東征(じんむとうせい)は、初代天皇であるカムヤマトイワレビコ(神武天皇)が日向を発ち、大和を征服して橿原宮で即位するまでの日本神話の説話である。


つまり、朝鮮人が九州にやってきて、その後、大和にあった邪馬台国を征服したのが日本の起源ってこと。

264 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 17:00:42 ID:TGY2WwT00
>>263
たぶん朝鮮の建国神話は韓国併合後に記紀に似せて改変した解釈が通ってるだけだよw
内容が似てるだけなら日本人の起源は地中海文明だろうけどw

265 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 17:10:36 ID:Y5LJUHjF0
>>263
朝鮮の歴史書って12世紀に作られた三国史記と13世紀に作られたいいかげんな
三国遺事だけだろうが。

266 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 17:14:04 ID:Y5LJUHjF0
>>263
調べたらそれ三国遺事じゃないかw 13世紀につくられたいいかげんな歴史書。
魏志に書いてあったといいながら、肝腎の魏志に記述が見あたらず、原史料が乏しい。
そんなもん出してくるなw

267 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 17:26:46 ID:ch4nQIyu0
邪馬台国を考える上で中国や朝鮮はひとまず置いておく方が良い。
「魏志倭人伝」自体もね。こういうのに惑わされてはいけない。
まずは天皇陵等、遺跡などの証拠、日本古来の文献を重視すべき。

268 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 17:32:14 ID:AYd8KYi5O
『親魏倭王』の金印は、宮○庁が管理してるような気がする。


269 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 17:43:17 ID:fkDqO5wv0
魏志東夷伝倭人条も記紀もこれくらいの時代の記述に関しては参考程度に
留めるべきでしょ
限られた発掘の成果次第でつじつまが合うように解釈するのなんてどうか
してる
これまでの蓄積だって1000とかのパズルのピースの数個だけ見つけただけ
じゃん・・・というか現実的には推測に必要なだけそろうと思えないけど

270 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 17:52:48 ID:Ws06XUVO0
>>260
韓国に向かってる事自体は当時の三韓や高句麗のこと考えれば簡単に判るだろ
何で大宰府という重要拠点の常に九州に置いてたと思うんだ?

つまりカラクニへの航路を確保して戦争、外交のための拠点にしてた、ということでしかないな

271 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 18:40:08 ID:8U5Btyjv0
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1255870802/
↑sべてここにかいた


272 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 18:52:03 ID:h5aIoQhe0
>>270
葦原中国には、どこから来たの?
やがてこの国の中心はもっと東だと気付いて大和を征服するわけだけど。

朝鮮南部、なかんずく伽耶と天孫降臨族は親戚なんじゃないのかなあ。
あっちで圧迫され日本に逃れた王族が、遅れていた日本に子供を遣わし、
その子孫が日本列島を支配し、韓国奪還を試み、一時的には成功した。

邪馬台国が突如消えたり、日本書記にも触れられていない、むしろ、
東征して大和を征服したことになってる。

素直に考えれば、そういうことでしょ。
日本列島から人が湧いたわけじゃないし、大きな視線で見れば、
大陸で増え続ける漢民族が、弥生人として半島経由で日本に流入
していたわけで、天孫降臨
もその一環でしょう。

273 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 18:58:21 ID:Cwq7akKH0
>>272
高天原と黄泉の国の間にあるとされる世界、すなわち日本の国土
神々の住む天上世界である高天原と対比して、人間の住む日本の国土を指すと考えられる。



274 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 18:58:28 ID:3AFCa7Oz0
>>272

天孫降臨は何年か、
神武東征は何年か、
漢民族が半島経由で日本に流入したのは何年か、


時間軸を紙に書いてもう一度書き込みしてごらん。


275 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:03:28 ID:UzSKd/c3O
いつも主客転倒するな

276 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:04:34 ID:Cwq7akKH0
>>272
あと縄文時代から弥生時代のそのころの大陸と日本の地形な。今と一緒じゃないぞ。



277 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:05:12 ID:h5aIoQhe0
>>274
天孫降臨してから何万年もたって、そして神武東征が紀元前660年だっけか。
1人の王が、何千年も生きてたことにしないと合わないよね。

神武東征は、1世紀だとか2世紀だという説もあるけど、4世紀頃だと
いうのが通説だよね。

278 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:05:47 ID:Cwq7akKH0
>>272
聖書も適当に都合の良いように解釈されたが、おまえひょっとしてカルトでも広めたいのか?

279 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:07:30 ID:h5aIoQhe0
>>276
縄文時代は、九州と朝鮮は、今よりずっと近かったわけで、
日本海は、内海みたいな感じだよね。今もそうだけど。

280 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:08:37 ID:/b09i1n20
佐賀県民涙目w

281 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:10:22 ID:Cwq7akKH0
>>279
朝鮮ルートより南からきたと考える方がいいんだよ。DNAもそうだし。
http://www.town.yaese.okinawa.jp/museum/minatogawajin/img/minatogawajin09.jpg

282 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:11:39 ID:3AFCa7Oz0
>>277

神武東征が4世紀なんて通説は無い。
アホの東遷説以外には。


283 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:12:42 ID:h5aIoQhe0
邪馬台国の人はみな鯨面、つまり顔に入れ墨をしている。

神武東征で滅ぼされた大和の王は、東征記で鯨とも呼ばれている。
記紀では、東に東に追われる蝦夷は鯨面。

東征で滅ぼされた大和が邪馬台国で、それは縄文人である蝦夷でしょう。

顔を含めた全身に入れ墨をして、魚や野菜の採集が中心だと描かれる
邪馬台国の人たちは、どう見ても進んだ天孫族ではない。

284 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:17:17 ID:TWmP8diV0
とりあえず卑弥呼を神功皇后に比定する説は無くなったのかな

285 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:18:03 ID:xnuRQMzfP
黥面くらいちゃんと書いてくれ。

286 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:18:41 ID:h5aIoQhe0
鯨面ってこれだよ。
http://www.y-asakawa.com/nihon-tansaku%202007-2008/ainu2-01.jpg
http://farm1.static.flickr.com/185/405525845_402490690a.jpg?v=0
http://www.tnc.ne.jp/oasobi/oasobi03/119tatoo/image/p_tt04.jpg
http://strings-of-life.up.seesaa.net/image/geimoku061021.jpg
http://potato.hokkai.net/~hidebu/ainu/ain02.jpg

なんで写真まであるのか?
それは、蝦夷の親戚のアイヌは最近まで鯨面だったからだ。

287 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:26:49 ID:Cwq7akKH0
>>286
台湾にも黥面ぐらいいるぜ?野蛮だとおもってやめたんだろ

288 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:26:55 ID:dLhfiGWiO
天孫降臨の韓国はそしのむなくに(空国)がカラクニになって音
当てただけなのに。

それ以前にあの地域が韓国と呼ばれていたとはな、何処のファンタジー小説
からの記事かね?

289 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:28:53 ID:Cwq7akKH0
魏志倭人伝から中国に記録されているのに、そんな大事件があれば必ず記されているはず。
ID:h5aIoQhe0はオカルト


290 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:41:54 ID:8sDbevFN0
縄文人は文身してたみたいね。
http://www.k2.dion.ne.jp/~penta/LOVELOG_IMG/imgbf4919bbzik5zj.gif
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/24/3268acfcddf4a7c2fde05af0bfb5e3ab.jpg

291 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:44:14 ID:8sDbevFN0
>>288
>それ以前にあの地域が韓国と呼ばれていたとはな、何処のファンタジー小説
三韓といってだな、紀元前から3世紀頃まではあそこは韓国と言われてたんだよ。

292 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:48:58 ID:8sDbevFN0
邪馬台国までの国と行程 [編集]
国名や官名には諸説がある。
帯方郡から倭国に至るには水行で海岸を循って韓国を経て南へ、東へ、7000余里で倭国の北岸の狗邪韓国(くやかんこく)に到着する(「従郡至倭、循海岸水行、歴韓國、乍南乍東、到其北岸狗邪韓國七千餘里」)。

魏志倭人伝でも朝鮮半島は「韓国」と言われてる。
「従郡至倭、循海岸水行、歴『韓國』、乍南乍東、到其北岸狗邪韓國七千餘里」

293 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 20:00:44 ID:hz2IDp9Q0
>>279
縄文海進で今より遠かったわけだが。

294 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 20:04:39 ID:zJenVP3w0
>>291
デタラメの史料かw
楽浪郡が出来るまで何も無い地が三韓かw
元ネタは三国遺事かデタラメ持ってくるなよ。

295 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 22:27:06 ID:Ws06XUVO0
>>283
大和朝廷は山岳信仰、蛇神信仰などを持っていたことが判ってる
これ、縄文人の信仰と同じ
8世紀くらいになると蛇神信仰は意図的に無視されたのか、そうでないのかは不明だが、忘れられてる
だが、古い記述を見ると天照大神は蛇神、男神であることがわかるようになっており
実のところ大和朝廷は縄文人を駆逐したのではなく、弥生文化を受けて変質した縄文人だった、と考える方が妥当


296 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 22:32:44 ID:Ws06XUVO0
>>294
いくら否定したいからと言っても、嘘で否定はいかん
朝鮮半島南部の端っこの方に馬韓、弁韓、辰韓の三韓があったという記述は正史三国志にちゃんと見られる
今の南漢江くらいから南を三分割して勢力競ってたもんだから超しょっぱいけど、それでもあったことはあったんだ

297 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 23:00:26 ID:IxKE1Oiq0
難波宮が都だった以前が不明って事でいいの?日本の歴史は

298 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 23:10:04 ID:Cwq7akKH0
>>296
中大兄皇子は三韓からの貢ぎ物を天皇に捧げるところで蘇我入鹿を倒したしな

>>297
孝徳天皇は第36代目だよ。少なくとも第15代応神天皇からは考古学的にも鉄製農具
とかが普及してることが確認されて、河内王権として実在性が高い。

299 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 23:10:23 ID:cCehXvnK0
>>296
中大兄皇子は三韓からの貢ぎ物を天皇に捧げるところで蘇我入鹿を倒したしな

>>297
孝徳天皇は第36代目だよ。少なくとも第15代応神天皇からは考古学的にも鉄製農具
とかが普及してることが確認されて、河内王権として実在性が高い。

300 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 23:16:59 ID:UzSKd/c3O
二回もw

301 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 23:47:42 ID:/b09i1n20
大事なことなので二回言いました

302 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 23:56:51 ID:cCehXvnK0
そういうこと

303 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 00:21:13 ID:0zfP1wbA0
邪馬台国九州説は、卑弥呼とテンノオ家を結び付けたい皇室利権者の妄言。

304 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 00:54:53 ID:oYlfdXSd0
>>303
畿内派も神武東征を否定したり、神武は皇室の分家だと言ったり。
このあたりの歴史学者は、戦中に弥生人は縄文人が進化したと
言ってたトンデモ考古学から進歩してない。
そっちはDNAで完全否定されたけど、古代史は思想だけで作られ
てるからね。

305 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 01:05:48 ID:dNaIW2L6P
そういう否定では自説を補強できませんよ

306 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 01:06:12 ID:IHb7we6F0
>>304
逆に今の日本人は全て半島からの渡来人だと嘯くのもいるしねこれもDNAで否定されて混血だと結論付けられてるのに。
どっちもどっちかな日本の歴史家は科学者じゃないからね。
欧米だと考古学は古生物などと同じサイエンスの学科にあって実験科学とは違う再現性の無いものを検証して行く科学分野として確立してるけど、
日本は文学部とかにあって文献解釈の学問の付録みたいな感じだからそんなことになるやら。

まぁ学者(対外的にはもどきにしかなってないが)が原典にもあたらず国際会議で嘯く連中よりは文献にあたってる分ましか。
このスレでもその連中がファンタジー語ってますが、それはスレ違いですよ。

307 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 01:32:21 ID:+dyUgBTnP
>>11
どうして神社の元締めが出雲なのか不思議なんだよなぁ。

とはいえ、万葉集の時代には防人といえば辺境の地なんだから、
やはり弥生時代も畿内に文化の中枢があったと考えるのが
妥当なんじゃないのかな。


308 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 01:50:39 ID:UX7xp83kO
>>304
神武東征を九州から畿内への大和の東遷だとする理由がないというだけですよ。
九州の一有力な勢力が東に攻めて来て王になるほど大和で勢力を振るったでよいでしょ。

309 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 02:23:20 ID:CtSHqbLI0
神社の元締めが出雲なんて、誰に聞いたんだ?

まさか、神無月に、出雲に神が集まるって迷信を信じちゃってる人?


310 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 02:36:48 ID:WMj9odsP0
>>309
少なくともその神話が出来た当時は出雲が中心地だったってこった

311 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 02:39:55 ID:oD7c0pCM0
神話って誰が(どの地方が)作ったんだろ?

312 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 02:45:20 ID:6y+4IWlu0
相変わらず不毛な論戦だな
はんこ屋さんで親魏倭王の文字が入った金印造ってもらって発掘現場に梅に行けよ

313 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 02:55:12 ID:Zt3WqdiA0
つまりどういうことです?

314 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 03:13:42 ID:IMp4KYLUO
天の岩戸に日が出雲で雲隠れ、神無月

315 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 03:25:39 ID:5qNuF+qw0
邪馬台国以外にもでかい国があったのかもしれん

316 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 03:30:07 ID:FQmvA1ds0
>>308
>九州の一有力な勢力が東に攻めて来て王になるほど大和で勢力を振るったでよいでしょ。

神武東征(じんむとうせい)は、初代天皇であるカムヤマトイワレビコ
(神武天皇)が日向を発ち、大和を征服して橿原宮で即位するまでの
日本神話の説話である。

317 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 03:36:49 ID:hShk6Rc+0
神武東征ってなんで一気に大和まで行ったの?
何が原因?
瀬戸内海を通ったんだよね?
広島や岡山、播磨くらいでもクニを作れそうだけど

318 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 03:39:47 ID:FQmvA1ds0
>>310
出雲の方が天皇家より古かったぽいんだよな。
出雲の国譲りまで、日本の中心は出雲だったんだろう。
逆に言えば、東征はそのちょっと前で、それ以前の畿内の歴史は、
全く別の勢力だ。

319 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 03:40:41 ID:IWseNpps0
>>317
卑弥呼以来ヤマトが日本の中心地だったから。

320 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 04:13:30 ID:/afMBNvO0
>>310

だから、迷信を信じるなよと。

>「神無月」の語源には諸説ある(10月を参照)が、「神無」は宛て字である。
>しかし、「神無」という宛て字から「神のいない月」という解釈が広く行われるようになった。
>すなわち、出雲大社に全国の神が集まって一年の事を話し合うため、出雲以外には神がいなくなる、というものである。
>実際、出雲では旧暦10月を神在月(かみありづき)と称している。
>ここから逆に、「神のいない月」が神無月の語源であるとする説も根強いが、
>これは中世以降、出雲大社の御師が全国に広めた説であり、「神無」の宛字から生まれた附会である。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%84%A1%E6%9C%88

「かんなつき」とは、「かみのつき」であり、全国的に神を祭る月という意味。
漢字を当てるときに、「神無月」となった。
「みなつき」を水無月と書くのも同じで、「水の月(梅雨)」という意味であり、
「水の無い月」ではない。

これくらい常識として覚えておけ。


321 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 04:18:30 ID:/afMBNvO0
大事なことだから、繰り返し書くぞ。
出雲の「神在月」というのは、村おこしで作られたもので、
神話・伝説、史実とは一切関係ない。

「神無月に、出雲に神が集まった」なんて神話は一切無いからな。出雲風土記にだって書いてないぞ。



322 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 04:25:13 ID:/afMBNvO0
このように、迷信が広まって史実と勘違いして定着することがよくある。

神話をもとに史実を語ろうとするなら、なおさら神話の成立年代について
きっちり議論する必要があるのだ。

神武東征は史実なのか?
実際には、7世紀の藤原氏の創作じゃないのか?
それくらい考えろと。

323 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 04:26:50 ID:UX7xp83kO
>>316なら大和はずっと奈良だな。神武の東征は一個人の話しであって大和の東遷じゃない。
だいたい大きな国が九州から近畿に国ごと移ってくるって話しが不自然。
東遷する理由はなに?
九州に大和を追い出した強国があるとかさ、そんな神話あるのかね?

324 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 04:29:42 ID:O0k8RQT90
>>322
神武東征は史実だと思う。
あれだけ詳細だし、王子がやられたことまで書いてあるのに
嘘だと考える方がおかしい。
何らかの意図があるとしか思えないな。

325 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 04:30:38 ID:tg8If5t7O
阿蘇山大噴火

326 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 04:32:06 ID:h7liz6Um0
一個人が東征して神話になったのか
すげえよそれ
病気?

327 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 04:34:57 ID:O0k8RQT90
>>323
国が移ってくるって?
継体だって半ば乗っ取りなんだし、神武はまさに征服でしょう。
大和の王を殺害してるし、土蜘蛛も殺している。

あれだけ詳細で昔の地形にも合ってる話を、嘘だと考える理由が
知りたいね。

328 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 04:44:46 ID:O0k8RQT90
>>325
そういう自然要因もあるかもしれないね。

天孫降臨も東征も、基本的には、強大な勢力から逃げることが原因に
なってるんだと思う。
神話は、まさか逃げてるなんて書かないでしょ。

当時の情勢からみて、九州に降りてくる天というのがどこで、
それがどんな王朝なのかは、みんな本当は分かってるんだよ。
それが東征して、大和にあったこの国の古来の王朝を征服した
なんて、悪夢のようだから、一生懸命屁理屈を考えて史実を
歪めてきたのが、この国の歴史なんだよ。

329 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 04:47:56 ID:/afMBNvO0
>>327
そもそも、神武が征服したのは、橿原の一角だけってこともお忘れなく。


となりの葛城は国として独立を許されてたしな。




330 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 04:55:56 ID:/afMBNvO0
>>328

>それがどんな王朝なのかは、みんな本当は分かってるんだよ。

君が考える、朝鮮王朝じゃないことは確かだけどね。

331 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 04:57:37 ID:Oqx0dtw80
天津神、国津神、国ゆずり、神武東征、ナガスネヒコ・・・
ヤマトの征服を想起させるものがいくつかあるな。
これは邪馬台国が九州から移って来たというより
この国の中心地は常に畿内の大和(=邪馬台)であって、
その中心地の支配を巡る攻防が何度かあったと見るべきだろう。


332 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 05:00:18 ID:WMj9odsP0
>>320
wikipediaソースとか…
今日日Fラン大学生でもやらんぞ

wikipedia以外の出典はやれって

333 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 05:06:16 ID:n1idhb+o0
九州説提唱者の9割は在日かバカサヨ、残りは九州生まれの田舎者。

334 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 05:08:34 ID:7X/BCc0gO
確かに神武東征というのは親族間の争いだよね。
争い自体には河内湖で大敗して敗走して、現地勢力に迎合して橿原に入った話。

それに紀伊半島迂回なんてのも変だろ、竜田越えが大変だと言ってたのに、
もっと条件の悪い場所を選ぶのは有り得ない。

これは宇陀の水銀鉱山を押さえたかっただけの話だよ。
国の移動なんて話では絶対ありません。

335 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 05:27:06 ID:jgjOGPBJO
じゃ・・・邪馬台国

336 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 07:48:52 ID:IMp4KYLUO
つうか朝鮮王朝とか言ってる奴と畿内派は一種のグルじゃん
朝鮮王朝にしたくばなくば畿内派しろ的な
そもそも、これが混乱の元じゃね?

337 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 07:51:37 ID:lkhDhptV0
>>304
>神武は皇室の分家だと言ったり。

日本書紀によると、神武は天孫族の分家で、その神武が初代の天皇。
神武が大和を征服した時に、神武自分が持っている羽羽矢と歩靫と
大和の饒速日が持つそれらとを互いに見せ合い、両者ともが天神の
子孫だということを確認している。

では、当時九州と大和のどちらの勢力が大きかったのか。
日本書紀では神武自身が東征に先立ってこう言っている。
「私が思うところ、その地は大業をなし、天下を治めるべき場所である。
まさにそこがこの国の中心であろう。」
これは当時大和が国の中心地であったことを示している。

余談ではあるが、書紀は、この国を初めて「日本」と名付けたのは、
神武ではなく、神武以前に奈良に降った饒速日であることも記している。

338 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:01:10 ID:lkhDhptV0
訂正
>>337
>神武以前に奈良に降った饒速日であることも記している。

→ニニギ以前に奈良に降った饒速日であることも記している。
ニニギはアマテラスの命により天孫降臨した皇室の源。

339 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:03:09 ID:IMp4KYLUO
そうだよ、もっとダイナミックに考えてもいいんだよ
大和王権の移動でいいんだよ
大陸じゃ三国志で劉氏の継承で揉めてるし
ローマじゃ、シーザーが皇帝になろうとして
アレキサンダー遠征の名残りであるクレオパトラと結婚

むかしの話が引っ張り出されてる

古代人にだって「過去」や「歴史」があるし感じてる
現代人からすると同じ古代だから忘れがちだけど

340 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:05:28 ID:w/La92YG0
>>317
大和王権に九州の人間を迎えました。
それじゃまずいので東征ってことでひとつ。

341 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:05:42 ID:2CCkp6/90
>>333
そりゃ、畿内説のオメーだろwww
畿内説=サヨ系朝鮮系京大一派
「白石太一郎」なんてまんま、チョソ系の姓じゃんwww

48 名前:公共放送名無しさん[sage] 投稿日:2006/08/30(水) 18:02:52.84 ID:2V0UP6pB
都道府県別・国籍別外国人登録者数 (法務省入国管理局 平成16年末付)
順位     韓国・朝鮮      
  1   大阪府  146,678人   
  2   東京都  101,620人   
  3   兵庫県   60,289人   
  4   愛知県   44,135人    
  5   京都府   36,853人    
  6   神奈川県  34,024人    
  7   福岡県   20,625人    
  8   埼玉県   18,292人    
  9   千葉県   18,076人    
 10   広島県   12,088人    

403 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2008/10/07(火) 22:09:49
京阪神には朝鮮人の混血が大量に生まれたんだろうねぇ、汚ならしいねぇ
●[韓国・朝鮮](人口10万人当たり)ランキング●
1 大阪府 1,521.2 ←汚ならしいねぇ
2 京都府 1,324.8 ←汚ならしいねぇ
3 兵庫県 1,004.3 ←汚ならしいねぇ


342 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:06:29 ID:dT8eShmU0
【歴史】佐賀の考古学者「纒遺跡は卑弥呼の時代よりは100年は新しいと見ている」邪馬台国はどこに…九州か畿内か研究者の議論は続く
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1257939991/
────────────────────────────────────────
4 名前:名無しさん@十周年[] 投稿日:2009/11/11(水) 20:50:13 ID:yUSuPPGSP
佐賀テレビ必死だなwww
既に学会では99%の学者が畿内説とってるからwww
現在の学術問題は邪馬台国がどこにあったかではなくて、邪馬台国と大和王権にどの程度関連性があるのかに移ってるんだよwww
九州説必死に叫んでるのはこの「佐賀の考古学者高島忠平」だけじゃねーかwww
短大の先生とかwww
誰もお前の話なんて聞いてねーよwww

名前:名無しさん@十周年[] 投稿日:2009/11/11(水) 21:06:18 ID:TrOpPYmZO
従来より古墳時代が古いとほとんどの学者が認識してからだもんな。
九州説からどんどん学者が離れていったのは。
このおっさんはまだカルトから離れられないんだな。
────────────────────────────────────────

ID:yUSuPPGSP= ID:TrOpPYmZO
この↑キチガイが、いきなり火病・大暴れしてて笑える。

「学会では99%の学者が畿内説」だとさwww  うそこけwww サヨ朝鮮人系が言いそうなセリフだよなwww
「従来より古墳時代が古いとほとんどの学者が認識してから」だとさwww サヨ朝鮮人系が言いそうなセリフだよなwww

この真正キチガイこそが、カルトまんまじゃんwww

343 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:14:38 ID:Y8KBX5iY0
>>342
そういう頭がおかしいのがいるから、しょせん畿内説で、いつも馬鹿にされるんだろうな・・・。

344 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:14:38 ID:eXvGeqm90
>>341
九州史古学会ってのは韓国の嶺南考古学会とかというつもつるんで、ウリナラ
起源説に貢献してる朝鮮のスパイだろが?韓国までいって

あいつらのためにどれだけまともな歴史がウリナラ化されてると思うんだ?
バカチョン

345 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:16:01 ID:EuaYkzjV0
>>341
すげえチョソだらけw
畿内説に層化信者が暗躍してるのも納得


346 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:16:33 ID:1Ku15bu20
974 名前:名無しさん@十周年[sage] 投稿日:2009/11/11(水) 16:53:22 ID:nhfKflux0
先々月発売されたばかりの安本美典センセの畿内説粉砕本

■『 「邪馬台国=畿内説」「箸墓=卑弥呼の墓説」の虚妄を衝く!』
宝島社新書 296
安本美典著
# 新書: 221ページ
# 出版社: 宝島社
# 発売日: 2009/9/10

箸墓の出土物が放射性炭素年代測定で卑弥呼の生きた時代と一致したとの発表で、
邪馬台国畿内説がいっきに盛り上がってきました。しかし、そもそもこの発表の真偽のほどが疑わしく、
さらに考古学的な事実や文献学的な史実からかけ離れた邪馬台国畿内説には、まったく根拠がないのです。
著者は邪馬台国北九州説の立場から、「邪馬台国畿内説、箸墓=卑弥呼の陵墓説」を、舌鋒鋭く粉砕します。
http://www.amazon.co.jp/dp/4796673482

982 名前:名無しさん@十周年[sage] 投稿日:2009/11/11(水) 16:55:51 ID:PeJUohAn0
>>.974
安本美典先生は信頼できるからな。 低学歴の白石太一郎みたいなのに比べて

347 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:17:12 ID:imhQhcY/0
■「卑弥呼の宮殿とは時期が違う」 吉野ケ里発掘の高島氏
纒向遺跡大田北地域の大型建物の発見について  佐賀女子短期大学 高島忠平
http://www.saga-s.co.jp/news/saga.0.1470415.article.html

348 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:18:32 ID:eXvGeqm90
>>341
今のNHK教育でやってる売国歴史観は九州学会が自分の地域復興のために
国を売った例だ。広開土王碑文の韓国による勝手な歪曲解釈にも九州学会
は貢献w

349 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:19:24 ID:rsThkHa30
>>1
>[かわいそうな関連スレ]

何が言いたいんだろ?


>帰社倶楽部φ ★
   ↑
余計な妄想や主観を紛れ込ませるこいつって、在日かカルト層化の信者ですか?記者キャップ剥奪だろ? 


350 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:22:59 ID:eXvGeqm90
九州考古学会定例の売国ウリナラ詣スケジュールw
大和朝廷敵視、九州に都合の悪いことは韓国を日本より優先する九州学会

http://www.scs.kyushu-u.ac.jp/~yt1/society/2008goudou/2008goudouoshirase.html

351 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:25:45 ID:IMp4KYLUO
そもそも大和王権の思想は輿入れの思想じゃん
これが大化の改新、源平、南北朝、信長、明治維新と続いてる

352 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:31:04 ID:vLP2vfLqO
>>341
関東には亡命高麗人が移住しまくりだったけどね

あと九州は百済難民の巣窟


353 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:33:22 ID:Oqx0dtw80
またお国が来たか。
お国の争いは何のプラスにもならない。


354 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:44:16 ID:IMp4KYLUO
この頃は半島まで「倭」の文化圏じゃないの?
それが白村江の戦いまでは続いた
これを現代の日本と半島の関係をトレースして話を持って来たり
今の在日と話を一緒にしてややこしくしたり

「関係ねえだろ!」と前から言おうと思ってた

迷惑だし工作自体が不愉快

355 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:50:34 ID:KdZUose8O
>>354
「使持節都督倭百済新羅任那加羅秦韓慕韓七国諸軍事安東大将軍倭国王」

by倭王武-雄略天皇

356 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:54:07 ID:8fRNo0Dm0
神武系の王朝が邪馬台国を滅ぼしたんだろう。
邪馬台国と天皇家は並存していたはずだ。
時代的に縦じゃなくて横だろう。

357 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:56:02 ID:DQgd0h0y0
>>1
ここで言う「邪馬台国」って魏志倭人伝の邪馬台国のこと?
違うよね?

358 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:58:33 ID:w/La92YG0
実質征服されちゃうけど王はそっちから立てていいよ。血筋的には正当だし。
どうせ実権ないし。とかの方が日本の天皇の歴史からみるとあってるんだろうなー。

強力な王を目指すと雄略のようにボロカスに書かれるw

359 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:00:08 ID:Oqx0dtw80
>>357
魏志倭人伝の邪馬台国のこと


360 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:02:48 ID:GmqwkTaw0
倭人伝:渡海1,000里、また国あり。皆倭種なり

九州倭国の東の海、1,000里の彼方に別の倭人の国が有りますよ、とちゃんと
書いてある。また、九州倭国の東南の海1年の所に黒歯国や裸国も有りますよと。
倭人が海洋交易民だったからこそ、交易がさかんだった相手国の事を、魏の
役人に口授し、こんな記述が倭人伝に残った。倭人とは、活発な海洋交易の民
だった。出雲も但馬も奈良も、おそらく九州倭国に匹敵する、または、九州を
しのぐ大国だったに違いない。ただし、これらは、内陸倭人であり、米生産量は
九州を越える豊かな国々だったと思われるが、倭人伝が伝える暖かい海を舞台とした
海洋交易民ではない。よって倭人伝で言う所の邪馬台国は、九州・伊都国の
南の平原遺跡または、背振山の南面の筑後川・川添遺跡。これらの遺跡から
出土する魏と後漢時代の鏡、青銅器、鉄器、絹、の豊富さは、奈良の箸墓や
マキムクの比ではない。

361 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:03:48 ID:IMp4KYLUO
>>355
だから白村江以前じゃん
半島での冒険があるだけ

362 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:13:20 ID:LgEiHU+o0
そもそも「九州説」自体が強く押されたのは、
「中国の皇帝に天皇が朝貢するなんてありえない」
「鬼道で人を惑わす、なんて、尊き天皇家であるはずない」
みたいな主張が幅をきかせてたからだろ。
邪馬台国(ヤマタイコク)って呼び名だってそうだし。
こういうくだらない議論してたり、天皇陵の調査さえ満足にできない
状態なのに、他国のナショナリズムと結びついた歴史解釈を
笑ってるんだから、日本史やってる連中はアホばかりだよ。

363 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:14:19 ID:chBfb+4U0
シナの子分になって、印鑑やら鏡やらもらって喜んでたばあさん。
そんな、情けない歴史は日本に存在してはいけない。
オマエら、バカか。


364 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:16:34 ID:chBfb+4U0
>>355
宇宙大将軍の候景さまのお通りだ!

365 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:17:17 ID:DQgd0h0y0
魏志倭人伝には「自郡至女王国萬二千餘里」とあるよね
私はこれを邪馬台国がタイホウ郡から12000里と解釈してるんだけど、
有識者にとってはは「んな訳ねーだろ」ってことになってるの?
帯方郡から狗邪韓國まで七千余里なら残り5千里で奈良には届かないと思うんだけど

間違っているなら、素人なのでどうか優しく教えて下さい

366 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:25:12 ID:mXZZfW/m0
志賀島から出てきた金印がますます捏造であったのではないかという疑惑が
浮かんでくるよね(´・ω・`)

367 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:27:10 ID:IMp4KYLUO
また刷り込みの巻き戻し

368 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:32:59 ID:eXvGeqm90
通常の連続読みでは九州内に収まりきらないので、わざわざ放射線読みをして九州だと言い張っているが、
放射線式読み方が正当化されるには、「到」「至」の使い分けがされているときは、そのように読むべきであると
いう当時の中国語の決まりがなければならないが、魏志倭人伝の内容をほぼ引き写している梁書では、
そのような使い分けはされていないこと。
また仮に放射線式の読み方を受け入れると、邪馬台国は伊都国の南水行十日陸行一月の行程にあるが、
これを九州を大回りして水行し南下する意味に捉えたとしても、邪馬台国の位置は中南部九州内陸に求め
ることとなり、後の熊襲の地に邪馬台国があることになる。そしてさらにその南に狗奴国が存在することにな
る。したがって比較的支持者の多い北九州内には到底収めることはできないという矛盾はどうするの?

369 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:39:33 ID:wc/K0wwm0
この建物跡の穴をさがせ。やまたのおろちの洞窟があるはず。

370 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:43:56 ID:mXZZfW/m0
何が出てくれば決定的な証拠なのかな?(´・ω・`)
卑弥呼の卒業アルバムとかかな?

371 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:45:29 ID:pAdtrh1k0
3年B組ヒミコ

372 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:50:41 ID:mXZZfW/m0
>>371
寄せ書きが出てくる

「卑弥呼は将来、絶対にいい女王になると思うからガンバ!」とか
「卑弥呼は勾玉が似合う女ベスト1!」とか書いてあるやつ

空気を読まない馬鹿が「俺の夢は世界制服」と誤字を交えて書いてあったりする

373 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:51:56 ID:n/vsZZPz0
>>372
サイン帳の方が住所書かれてていいかもよ。

374 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:55:09 ID:IMp4KYLUO
文字の流入が後だからな
書いてる時点で爺さんから聞いた話になるしね

375 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:56:20 ID:tGb1NmfkO
>>348
最近も朝鮮のコリエイトに九博が協力していたね

376 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 10:01:22 ID:YGmWM5sL0
今、邪馬台国とよばれている国は元々四国にあった、奈良と言う地名も
四国にあった物。かなりの数の豪族の古墳など、遺跡があるが、
まともに調査しようとしない、四国になにかあるのを隠そうとしてるのか・・・
鶴亀山(剣山)とそこに隠されたと言う、契約の箱と、その隠し場所を歌った
かごめの歌等、興味深いものはたくさんあるのに。
まあ、現在の奈良に遷都したと思われるので、奈良に何か出るのも
不思議じゃないけど、四国がアヤシイと思うよ俺は。


377 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 13:30:40 ID:kHpHo2Wg0
>>376
俺も四国は重要視すべきだと思う。大和と九州の中間、中継地にあった
わけだし。両地域との繋がりとか丹念に調査したら見えてくる物もかなり
ありそうだね。

378 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 13:46:33 ID:aaiPw6ou0
東征した連中が故郷に似た近畿の盆地を拠点にして“奈良”と名づけたんでしょう。
ナラって言えば、韓国語にピッタリの言葉があるようですね。ハンナラ党のナラで、
国と言う意味らしいですね。

379 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 13:52:35 ID:SFr/pNcs0
>>378
朝鮮語でクニを意味するナラの語源は日本語らしいしそんなところまで影響が広まったんだね。


380 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 13:56:18 ID:pKUof7nH0
>>341
このデータ見る限り、阪国とトンキンは氏ねでおk?


381 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 14:09:38 ID:SFr/pNcs0
>>380
の近所はゴキブリもヒトモドキもいないけど人気(ひとけ)もない僻地でOK?

このスレと在日は関係ないし。

382 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 14:15:18 ID:pKUof7nH0
>>381
おぉ!在日チョンorシナの方でしたか!これは失礼しましたw


383 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 14:17:43 ID:SFr/pNcs0
>>382
君がそうだったかスマンw

384 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 14:20:39 ID:pKUof7nH0
>>383
なるほど日本語が不自由なんだね。可哀想にw


385 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 14:30:34 ID:5kZbLcVa0
>>382
こんなスレにも日本国籍だけが唯一の自慢のアホがいるんだなw

386 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 14:34:26 ID:pKUof7nH0
>>385
うわっ!図星だったんだ。もう絡まないで下さい!友愛だけはご勘弁を!!


387 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 14:37:52 ID:RV/1WiRsO
>>385
友愛人

388 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 14:52:11 ID:SFr/pNcs0
>>385
きっと取得に苦労した歴史があるんだろ、親が出生届だしたら自動的に取れたうちらと違って。

ちょっと話題がずれてるついでにここの人に聞きたいんだけど。
よく遺伝子の話持ち出してミトコンドリアDNAで見る限り、本土日本人は朝鮮人と差が無い、アイヌ、琉球より朝鮮に近い渡来人なんだという人がいるけど、
元の図よく見ると本土日本人と朝鮮人が近いのは確かみたいだけど、
その2つと次に近いのがアイヌ、琉球(場合によっては朝鮮の方がアイヌ、琉球に近い樹形もある)なんだよね。
そして、さらに遠い関係に現在に中国領内のいくつかの民族が来る。

本土日本人が本当に朝鮮経由の渡来人なら中国領内のどこか民族の方がさらに北方に由来する縄文起源のアイヌ、琉球より近くないとおかしくないか?
この近縁関係って今の朝鮮人は母系に日本列島からの移民を先祖に持ってるからって考える方が自然じゃないのかね?


389 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 15:54:25 ID:QT7dWOX+P
>>388
かなり昔の記憶なので詳しいことは忘れてしまったが・・・
弥生時代に南京の北に位置する今の徐洲辺りにあったミ于国(オコク)という地域の
人々が中央政府(漢?)からの迫害(民族浄化級の徹底的迫害)から逃れるために
黄海を渡ってきたのがルーツという説を読んだことがある。

その民族の習俗、生活様式、生命観などは古来の日本人と非常によく似ていると言
われる。中国大陸に於いてはちょっと「異種」の感性で迫害対象となり易かったようだ。


390 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 16:16:37 ID:uIgH9SUN0
朝鮮人が九州経由(天孫降臨)で日本を乗っ取った(神武東征)ってとこだろうね。
問題は、卑弥呼も朝鮮人だったのか最後の本来の大和政権の人だったのかって
ことだ。

391 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 16:22:19 ID:5kZbLcVa0
おっ今日もアホウヨが良く釣れてよかったよかったw

392 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 16:24:42 ID:yVcHZJFK0
「神武東征は、朝鮮人が日本を建国した」って、
どうしてそういう発想ができるのか不思議だな。
なぜ、中国にも韓国にも日本にも記録の無い話を信じたくなるのか?
自虐史観の一種かな?


393 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 16:41:22 ID:aLhdADTV0
>>390
朝鮮人の定義は ?
2000年前の議論にそういうレイシズム要素を入れるから荒れるんだよ。
朝鮮民族が形成されたのは新羅による半島統一後なのに、それ以前に朝鮮人なんて用語を
持ち出すのはおかしい。

394 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 17:07:29 ID:zmits4D5O
今日 現地見学行った人〜

395 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 17:14:30 ID:Uqd7YJG+O
こういうのも予算削られんだろなあ…

396 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 17:32:42 ID:dXNtg/RV0

■「卑弥呼の宮殿」? 興味津々…纒向遺跡説明会に考古学ファン

 邪馬台国の女王・卑弥呼の時代にあたる3世紀前半〜中頃の大型建物跡(南北19・2メートル)が出土した奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡で14日、現地説明会が開かれた。
同市教委は15日との両日で1万人以上の人出を見込むが、朝まで雨が降ったため、午後1時現在で約2000人と、やや出足は低調。それでも熱心な考古学ファンらが「卑弥呼の宮殿」の可能性もある建物跡を食い入るように見つめた。
15日は午前10時〜午後3時に説明会を行う。

 現場では見学者が建物跡を取り囲んで、市教委の担当者から説明を聞いた。
前夜から車で寝泊まりしたという埼玉県寄居町、主婦沢中智子さん(72)は
 「建物が整然と並び、邪馬台国で間違いないと思った。卑弥呼が住んでいたかと思うとわくわくする」
と興奮した様子。京都府木津川市、会社員竹村順弘さん(54)は
 「実際に見ると臨場感が違う。まだ大きな遺構が残っているかもしれないので今後の調査に期待したい」
と話した。

 市教委は、今回の調査結果を発表した10日以降、連日100件を超す問い合わせがあったことを受け、説明会の警備や案内に職員50人を動員。JR西日本も最寄りの巻向駅発着の臨時列車を2日間で8本運行する。
(2009年11月14日 読売新聞)
http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20091114-OYO1T00687.htm?from=main3

考古学ファンらが集まり纒向遺跡で行われた現地説明会(14日午前9時58分、奈良県桜井市で)=森田昌孝撮影
http://osaka.yomiuri.co.jp/photo/20091114-946404-1-N.jpg

397 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 17:41:00 ID:7NKQnFHG0
文身鯨面、楚の風俗に近い人たち、稲作民族、がやってくるとしたら、九州、四国、紀伊半島、そして、朝鮮半島南部。
そのうち、楠すら産しない朝鮮半島南部は稲作民族が暮らすには厳しい土地。大陸と繋がる諸民族が既に居住しているし。
だが、一応夏が暑く、稲作の証拠も残る。
これら地域に移住してきた民族は、多分同じ括りにいれていいと思う。
…で、東征に朝鮮から、ってのは必然性が薄い。無理がある。

2世紀末、瀬戸内/畿内連合王国が北九州勢を破るに至り、3世紀に畿内に大きな権力が生まれたことは確定。
その後に、政権内部で抗争があって、中の人が変わってしまった。ってだけだろ。

398 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 17:47:45 ID:dXNtg/RV0

■“卑弥呼の宮殿”現地説明会

NHKニュース11月14日(動画あり)
http://www.nhk.or.jp/news/t10013785481000.html

399 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 18:06:38 ID:kHpHo2Wg0
文身鯨面って違和感あったけど、調べてみると近畿から出土した埴輪に
入れ墨したものがあったらしいから、当時の日本では各地にあったようだ。

400 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 18:28:40 ID:fJhcfKTX0
山の辺の道のハイキングと絡めて現地説明会に行ってきた
やっぱ現地に行くと興奮するねー
あと、隣に一人で来てる二十歳くらいの女性がいたんだけどめちゃくちゃ美人
だった

401 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 18:48:11 ID:YHPA9UDC0

イヨタン・・・・・・・・・・

402 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 20:03:22 ID:C8d5EhGL0
>>399
>文身鯨面って違和感あったけど、調べてみると近畿から出土した埴輪に
神武に滅ぼされた大和の王、エウシカだっけ?そいつは顔に入れ墨してたらしい。

403 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 20:16:18 ID:WMj9odsP0
>>402
普通に大和朝廷に従う豪族に刺青入れてる連中いるから

404 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 21:08:57 ID:EYRrP8RJ0
>>403
>普通に大和朝廷に従う豪族に刺青入れてる連中いるから
大久米命のことだと思うけど、天孫降臨の時に従って案内したクメの子孫だと
したら、もともと日本にいた人だよ。それが刺青してるのは当たり前だし、
逆に、天孫降臨時にしたがったクメがしてるのは、天皇家がしてないってこと
なんじゃないのかね。

405 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 21:13:47 ID:ebSrsl260
>>402
ナウシカと混ぜるなw

406 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 21:42:36 ID:BKz8Qe9p0

使者は実際には、九州辺りまでしか来てないんでしょ。

だから九州辺りまでの道筋は詳しく書くが、それ以降は大雑把。
自分が見た九州の風俗と伝聞を書いただけなんだろ。
当時、中国では倭は台湾辺りまで中国の南に島々が続いてると思われていた。
今の領土から言えば正解だが、当時の中心はそんな島々ではなかった。

だから中国南部の産物を持ってきた、どっかの島の使者も倭人とされている。
魏志倭人伝は、当時の九州辺りの風俗を伝聞を書いた程度の項目と思ってた方がいいと思う。


407 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 22:49:48 ID:lkhDhptV0
今回の巻向で発見された宮殿は日本書紀に記されてる景行天皇やと思うな。
魏志倭人伝を見る限り、邪馬台国はそんなに大きな国ではないし、
台与の末期あたりに、景行天皇・日本武尊父子による熊襲征伐で滅ぼされたんやろう。
それで、倭人伝と日本書紀との間の矛盾は解消されるし、辻褄が合う。

408 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 01:40:48 ID:4oLKwnP10
次スレage

409 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 01:44:12 ID:xbd8VXpY0
http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org360981.png
これでいいだろ。
てかこうだろうと確信している。

熊襲がまったく出てこないが、北九州勢と没交渉だったからだろう。

410 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 01:49:12 ID:1HOtc1BU0
3世紀の段階では文字もない、記録もない、だから歴史も確定できない。
中国に比べて後進国の証拠なんですがw

411 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 01:49:23 ID:u4i0vKce0
瀬戸内、畿内連合王国ってもので、北九州の鉄支配を打破したみたいな感じだし、
出雲がすっぽり抜けてるのは、変だよ。
3世紀後半から、濃尾平野の前方後方墳な連中を従えるみたいだから、
それとは、3世紀前半時点で、仲は悪かったろうねぇ。

412 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 02:02:17 ID:MCmqj0J2O
畿内説を無理に正当化する奴らは何が目的なんだろうな
焦らず発掘や調査を待てば良いのに。必死すぎて見てて痛々しい

413 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 02:03:57 ID:xbd8VXpY0
>>411
諏訪が狗奴國と見るが、3世紀から4世紀には下社が創設されたと聞いている。
つまり、タケミナカタがその頃に入っていて、縄文時代からの諏訪神が奥に下がった、
ということ。
タケミナカタは出雲系で、国譲り=倭国大乱の終結の後に移ってきたもの。
つまり倭国大乱が出雲系の合流で落ち着き、別の出雲系邪馬台国勢が、
諏訪に流れたことで、ヤマタイと出雲と諏訪がほぼ同系になり、
同系同盟ができた、と考えるのが良いと思う。
このときに濃尾平野の勢力や、毛野國のさきたま古墳群や群馬の古墳の主も取り込み、
一気にヤマタイ=ヤマト王権が拡大したと見られるわけだ。

414 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 02:08:02 ID:SMVROtHIO
>>407
七万戸って、人口数十万になるから、当時の基準だとかなりでかいぞ。
倭人伝に出てくる他の場所分かってる国と比べても分かる。
滅ぼされた、って考え方を取るなら、王朝交代説の方が自然だな。

415 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 02:21:35 ID:6EOQMRyaO
ここでヤマタノオロチを投入

416 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 02:23:48 ID:+aY/VEN80
>>144
現実問題奈良はそこらへんを掘り返しまくって古代遺跡ジャンジャン出した方が注目されて観光資源にもなっていいよね
やり手の県なら公的機関でとりまとめてキャラクターグッズやら食品やらで儲ける所だ

417 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 02:46:06 ID:rmz9lwwbP
詳しい人が多そうだから聞きたいんだが

魏志倭人伝にある「邪馬壹國」を「邪馬台国」と「台」の字を当てて「やまたいこく」と
最初に呼んだのは誰なんでしょうか?

全てがここから混乱し始めたと思うんだが・・・


418 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 02:49:57 ID:3EQUDy8u0
>>344

九州の独立勢力を認める人は、
北九州から朝鮮半島南部に至るまで、
広大な九州勢力の範囲を想定すると思うぞ。

それがその後の任那に繋がり、
九州を征服した大和朝廷もそれを引き継ぐ。
むしろ、半島南部にまで及ぶ大日本主義と言っていいと思うけどな。

419 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 02:52:14 ID:3EQUDy8u0
>>409
絶対的数字で書かれている距離が合わない。
帯方郡から、邪馬台国まで12000里。
絶対的数字で書かれた途中の北九州までで10500里。

残り1500里で畿内まで届くはずがないのは、
その地図を見れば一目瞭然だろ。

420 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 02:54:52 ID:3EQUDy8u0
>>242
なぜ、寄るべき史料たる倭人伝に書かれてもいないことを、
勝手に事実化してるんだ?

倭人伝から畿内と九州の支配・被支配関係なんて読み取れないだろ。
それ以外の根拠からその関係を引っ張ってくるしかない。
それが前提として証明されて、畿内説は初めてスタートラインにたてる。

421 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 02:57:57 ID:1+sMjqCdO
>>417
本居宣長なんじゃ?
新井白石はヤマトって読んだ。

422 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:03:39 ID:8PZa+a2+0
>>419
アホ、倭人伝では邪馬台国まで12000じゃない、女王国までだ。

邪馬台国は女王の都の事、女王国は連合国の事だから、
西日本全域が女王国だと全然OKだろ。

423 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:04:42 ID:xFDuNDxg0
>>409

君、すごいね。
その地図は完璧だ。俺も一票。


424 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:07:12 ID:S1adeEF70
>419 そんな昔の距離の数字は数字自体があてにならんわけで。

425 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:13:08 ID:xFDuNDxg0
>>419
それをいったら九州説だって打撃だろう。

残り1500里を水行十日陸行1月ってか?

426 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:26:52 ID:xbd8VXpY0
>>419
おそらく女王国の西端までが12000里になるのだろう。
魏志倭人伝がまとめられたときには既に台与の時代であり、
倭国大乱は収まり、新時代になっていた。

これは出雲・吉備連合国から出雲系が参内し、かわりに旧来の出雲系が諏訪に抜けたあとで、
出雲系の大神神社と諏訪大社がその大方の形を確立させた時期であり、
大神神社と伊勢神宮が分かれたときである。
(倭国大乱はそもそもこの2神の争いかもしれない)
それを主導し初代斎王となったのが台与こと豊鍬入姫であり、
そのもとで出雲系とヤマト系の神は習合し、ヤマト王権が確立、
女王国は平定を見たわけである。

とすると>>409の地図の投馬國〜毛野國にいたるまでが女王国であり、
熊襲平定前のヤマト王権の範囲に合致し、その西端は出雲連合の西端であり、
いまの広島県内にあたる。
つまり福岡から約1500里である。

427 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:27:51 ID:3EQUDy8u0
>>425
絶対的距離でそう書いてあるんだから仕方ないだろ。
1500里を進むのにそれだけの時間がかかったか、
あるいは、水行十日陸行1月は帯方郡から邪馬台国への総日程か。

とにかく、12000里も、水行十日陸行一月も、同史料内で出てくるんだぞ。
当時は、矛盾なく理解され、記されていたんだよ。

428 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:31:32 ID:3EQUDy8u0
>>424
当時の数字の長さの正確性は当てにならなくても、
12000里:10500里という比はあてになるだろ。

帯方から畿内までいくなら、北九州で5分の3くらいだぞ。
比としておかしすぎるだろ。

429 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:32:54 ID:xFDuNDxg0
>>427

「12000里」は「遠い国」という意味でしかないだろうな。
大月氏国も12000里だ。
1里も違わず同じ距離だと思うか?


430 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:35:11 ID:3EQUDy8u0
>>422
女王国を連合全体を示すなんていう解釈はおかしいよ。矛盾する。
「邪馬台国」の後ろに続く、「女王国以北」の説明は、
邪馬台国の支配化の国について書いてあるだろ。
女王国は連合全体を示していない。

431 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:35:19 ID:xbd8VXpY0
>>429
 自郡至女王國、萬二千餘里。
だから12000里以上、という感じなのかもしれないな。
厳密に考えるものでもないのかもしれない。

432 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:37:21 ID:3EQUDy8u0
>>429
余りに数字の意味を無視した勝手な解釈過ぎて、意味がわからん…。

12000里は「遠い国」なら、10500里はなんなんだ?
「けっこう遠い国」なのか?

433 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:39:27 ID:dHh2NwiHO
>>432
わりと遠い国

434 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:42:36 ID:/wKF4hT/0
山口県美祢市奈良村からコンクリートを輸入して奈良の大仏と名称されたのが
奈良県の名前の由来だぞ
市町村合併で奈良村は消滅されてるが

435 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:43:19 ID:3EQUDy8u0
>>433
わりとかw

詳述してあるその他の数字はなんだろうな。
100里はめちゃ近い、300里は近い、400里はまあまあ近い、500里はけっこう近いかなw

436 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:46:05 ID:xFDuNDxg0
>>432

君は、大月氏国と女王国が、基点からちょうど12000里離れてたと力説するわけ?



437 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:48:34 ID:7sWDjG+dO
大体10500里なんて数字も倭人伝には出て来ないしなw

倭人伝という文献を正確に解釈したなら、
女王国と邪馬台国は明確に別物とわかるでしょ?
女王を共立した国々が当然女王国です。

邪馬台国まで12000里なら正確にそう書くでしょうな。

まあ12000という数字も散々言われてるように
単に遠方という意味だと思うしな、どちらにしても
距離解釈でも最近は畿内説の方が有利なんですよ。

438 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:49:57 ID:oqpqZLSWO
このへんの土建屋は家建てるたびに遺跡出るな遺跡出るなって祈るらしい。

439 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:50:05 ID:3EQUDy8u0
>>436
大月氏国はどの史料に、
どことどこを起点に書かれているんだ?

史料の編纂者・報告者も違えば、
里の単位が異なる可能性だってあるだろ?

12000里がそのまま正確でないとしても、
同一史料内で、詳細な数字が並べられて得られる
12000里:10500里の比は無視できんだろ。

440 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:52:54 ID:XH6g3KwS0
>>43
>言語も古代朝鮮語の影響がかなり見られる

捏造スンナよ。 古代朝鮮語なんてまったく残っていない。
現在わかっているのは、中世朝鮮語から。

上古日本語と朝鮮語は、現代日本語と朝鮮語より近いとはいえない。

441 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:53:36 ID:7sWDjG+dO
もう一つ巻向のモモソ姫の伝承が、瀬戸内海の
岡山、高松、香川といった場所に多く残っている点も、
瀬戸内海周辺=女王国連合を裏付ける点ですね。



442 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 03:58:37 ID:3EQUDy8u0
>>437
>倭人伝という文献を正確に解釈したなら、
>女王国と邪馬台国は明確に別物とわかるでしょ?
>女王を共立した国々が当然女王国です。

どう解釈したらこんな結論が出てくるんだ?

443 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 04:07:50 ID:7sWDjG+dO
>>442
逆に何故そう解釈出来ないか聞きたいね。

何故女王国=邪馬台国なんだ?
倭人伝の何処にもそんな事書いてないと思うけど。

女王は諸国の賛同で女王になったのだから、
それらは当然女王国でしょ?

女王国の境界線は奴国にあるのだし、傍国が女王の国々を記述してるとしたら、
12000という距離も全部ピッタリと整合しますよ。

444 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 04:43:56 ID:iMiUBvp9O
わかったわ、全部。
卑弥呼に比定されるべき人物は二人いる。
二人のハツクニシラスといわれる神武と崇神はもともと一つの人物だったといわれる。
つまりヤマトトトヒノモモソヒメにも、もう一人の存在がある。
それがヒメタタライスケヨリヒメだ。
彼女は大物主の娘で国津神の代表であり、天津神の代表だった神武と結ばれて、二つの神統を結んだ。
彼女が形だけになったヤマトトヒノモモソヒメの中身だ。
事実、彼女はもう一つ名前があり、それはホトにかかわる名前である。
ホト(女陰)を突かれて飛び出した逸話からの名前だが、それを嫌ってヒメタタライスケヨリヒメに変えた。
ホトを突いた逸話はヤマトトトヒノモモソヒメの眠る箸墓にいるわるものと同じだ。

つまり卑弥呼はヤマト系の天津神=アマテラスと出雲系の国津神=オオクニヌシの仲立ちをした姫であり、祭祀女王であった。
彼女の血が仲立ちをしていたのであり、彼女以外はありえなかった。
だから男王をさしおいて第一に書かれたのだ。
彼女の死没後に彼女の血によらない解決がなされ、残されたハツクニシラスの元、国譲りがなされた。
その際に国譲りに反したタケミナカタはヤマトを去り諏訪に落ち着いた。
諏訪は出雲系のタケミナカタになり、出雲系の大神神社をヤマトが祀り、出雲大社を本社に、女王国は天津と国津の結びを得た。
これがヤマト王権の確立であり、ハツクニシラスの偉業となった。
そして卑弥呼のあとをついだ台与=豊鍬入姫は斎宮の初代となり、血によらない天津神と国津の仲立ちのシステムをはじめた。

そしてヤマトタケルが九州を治め、宇佐八幡ができ、安定を見てから倭の五王がふたたび朝貢をおこなった。

これでまちがいない。

445 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 04:48:31 ID:sQtFCY7D0
>>444
おまえは馬鹿なんだから、書けば書くほどノータリン丸出しなんだよ
だからお前はダメなんだよ 
周りからそー言われてるだろ?

446 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 04:54:53 ID:fHjKZo2cO
朝鮮半島の南部はかつて日本が納めてた「倭(やまと)」の地だったって知ってる?

そもそも邪馬壹国にしろ卑弥呼にしろ別に謎じゃないぞ?

447 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 04:55:09 ID:iMiUBvp9O
>>445
内容に対する意見を宜しく。

448 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 04:59:41 ID:sQtFCY7D0
>>447
長文苦手だから一行くらいにまとめてくれ
ということだ

449 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 05:26:33 ID:v2WeNuRf0
>>444
>彼女は大物主の娘で

倭迹迹日百襲姫命は大物主(夫)の正体を知ったショックで死んだのだから
実の親に犯されたことを知って自害?
酷過ぎる。。。

450 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 05:27:27 ID:M2ckltfKO
邪馬台国本部だったら人々を集めて卑弥呼か弟子の呪術師がパフォーマンスする場所があるはずじゃね?
奈良も九州も、半径1キロ以内に地上広場と地下集会ホールの跡をまずは見つけてこい。

451 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 06:47:17 ID:GWPrHl+n0
>>307
神社神道が大陸から渡って出雲あたりが最初の拠点になったからなんでは
島根はシルクロードの終点だよ
日本の製鉄技術も大陸経由で島根で育ったんだし

ただ卑弥呼が出雲に絡んでるかどうかはそれとはまったく関係ないけど

452 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 06:49:29 ID:GWPrHl+n0
なんかちょっと語弊あるな
神社神道のおおもとになる要素が大陸から渡ってきたってことね

453 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 07:12:15 ID:Atw+QzjB0
>>34

ID:8Mod3JNw0

↑DNA解析をしらない在日バカが今だに信じているヨタ話

454 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 07:15:28 ID:I0+6WfcL0
古代日本が韓国の影響下にあった証拠がまた出て来たな

455 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 07:21:37 ID:Atw+QzjB0
日本人と韓国人
http://kuroneko.blogdns.net/HP/aicient-Japanese/Japan-Koria.htm

Y染色体から見た日本人
ミトコンドリアDNAの分析に遅れて、分析しがたかったY染色体上のDNA配列が分析できるようになってきた。
Y染色体は父から息子に伝達されるので、ミトコンドリアと対称的な父系の単系統である。
これに基づいて人間の起源や類縁性が論じられるようになり、当然、日本人にも応用された。
その結果だが、ミトコンドリアや常染色体の遺伝子と違って、本土人と韓国人、そして北部中国人はあまり似ていないのである。

日本人男子の祖 → 南方渡来人
日本人女子の祖 → 土着朝鮮人

日本男子の祖がやってきて土着朝鮮人男子を殲滅し、女をそっくり頂いたのが日本人の由来です。





456 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 07:23:22 ID:G5hx81/TO
>>445
無理に日本語で書かなくていいよ

457 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 07:28:19 ID:6EOQMRyaO
そうそう主客を逆にするのが半島の特徴
ここを排除さえすれば謎は解けてく

逆を返すと半島に、この呪いをかけたのも、そもそも出雲かもな

458 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 07:44:38 ID:Atw+QzjB0
>>455
更に、D系優勢の日本人と同じ例が近年の国家にも見られます。
---------------------------------------
ラテンアメリカの例、散在する太平洋諸島の例、インドの例である。現在のラテンアメリカ諸国は16世紀以降スペインやポルトガルに征服された。
やってきたのは主に男性である。兵士として来た人や新天地で一山当てようとした人々が主なのだ。その結果、ラテンアメリカ諸国では白人系の
Y染色体が多いのに対し、ミトコンドリアなどでは白人由来は少なく、先住民のものが多くなっている。同様なことはポリネシアのヨーロッパ諸国の
植民地でも起こっている。「原住民」のミトコンドリアを調べても白人系のミトコンドリアは全くなかったのに、Y染色体は白人系が多く見つかるのである。
グアムなどのマリアナ諸島などではもっと酷いと考えられる。スペインの圧制に対して大反乱を起こした原住民は大虐殺にあい、大人の男は残らな
かったと記録されているので、現地人のほとんどのY染色体が白人系なのに対し、ミトコンドリアはミクロネシア系だと考えられるのである。(ブライ
アンサイクス『アダムの呪い』ソニーマガジンズ, 2004、スティーヴ ジョーンズ『Yの真実-危うい男たちの進化論』, 化学同人, 2004などを参照)

 インドの場合は、3000年以上前にアーリア人(白人の一人種)が中央アジアからインドに侵入し、上層階層を形成した。その結果、父系は母系
に比べてアーリア人が比較的に多いのである。
-----------------------------------------

Y遺伝子の拡散は100年程度の支配では起こらないので(例:モンゴル帝国)数百年規模の優勢が
必要であり、日本においては朝鮮、中国人とは異なる南方渡来人が祖となり長期にわたり優勢階級
=支配階級であった事を示します。

朝鮮人男は昔から 「弱かった」(笑 のですよ。反日教育にもかかわらず現代の朝鮮女が日本人男を
好むのは「血の渇望」と言ってもよいでしょう。生殖機会の少なかった朝鮮男のチンポは9cmから
大きくなりませんでした(笑

459 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 08:09:12 ID:jgXtQQlgO
そもそも卑弥呼は共倒れを防ぐために有力な豪族たちが祭り上げたってことを忘れすぎ
そのなかに九州勢力もいたとしても不思議はな
つまり九州方面を魏の使者が無事に通過出来たことえの回答はでたわけだ

460 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 08:11:23 ID:9Meb7WwZ0
卑弥呼は斎王でしょ。
神を司る斎王と、人を治める天皇。


461 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 08:42:31 ID:6EOQMRyaO
つまり天皇は作られたんだよ

もしかしたら最初の日本人かも?

462 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 08:53:23 ID:cjAW+B480
邪馬台国は出雲でいいじゃない。
戦後の太平洋側の経済成長やここ最近の大都市一極集中で
完全滅亡すんぜんだから
国土の均衡ある発展のためにも出雲にしとかないと、
とりかえしのつかない歴史の汚点になる。
奈良なんてブスしかいないんだから男が従うわけが無い。
最近騙されてる男の事件があるっぽいけど

463 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 09:04:56 ID:GggI6xoi0
>>462
普通に大和で良い。

464 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 09:09:56 ID:6EOQMRyaO
http://www2.odn.ne.jp/~cbe66980/Main/hatsukuni.htm

ここわかりやすいね
こっちでも出てるけど源氏の征夷大将軍と幕府の創造と同じ
そして、それを演出したのは北条氏、そして娘の政子だ

ほら、見えてきた
何回目やねん、呪いの方程式

465 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 09:18:05 ID:4oLKwnP10
>>409
奴国はもっとでかい。
糸国の前原をのぞき、甕棺墓の地域は全部じゃないか?

466 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 09:22:16 ID:hTCDgQ7BO
東遷て大阪から奈良くらいのちょっとの距離だったのね

467 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 09:51:00 ID:mR/CwV1r0
>>443
> >>442
> 何故女王国=邪馬台国なんだ?
> 倭人伝の何処にもそんな事書いてないと思うけど。


これがわからない人が意外と多いのだ。
明確に書き分けているのにね。

468 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 09:53:37 ID:uWyA4ShG0
>>168
遅レスだが。
かの綱吉は何度も犬食禁止令を出している。
で死後に生類哀れみの令ともどもそれも廃止され犬食解禁。
つまりはそういうことだ。
別に犬食は恥ずべき事じゃないんだから、自国の歴史を改竄しないように。

469 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 09:58:16 ID:NhkIxiWM0
>>458
なんかリンク先と君の解釈がかなり違うようだがw

あんまり問題にならないけど半島を経由して日本に来た弥生要素の人の起源はどこなんだろ、
影響がないはずのアイヌ+琉球の縄文系のタクサと本土日本+朝鮮の弥生系タクサが姉妹群として他から分かれてるあたりみると、
日本海沿岸にしか居ない個別の集団としてそれ以前に大陸の集団と分かれてるようだけど。

470 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 10:08:16 ID:Nx8MK8wB0
>>468
江戸時代の人々は仏教の影響である種の菜食主義者だったのも知らない馬鹿ですか?



471 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 10:08:24 ID:fUKrKiFU0
邪馬台国なんて正直どうでもいい

200年頃大和にヤマト王権の原型が
出来ていた事の方が素晴らしいだろ。

純粋に調査の成果を評価しろよ。

472 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 10:10:51 ID:ZzcxQ4oa0
>>470
いろいろ理屈つけて普通に食ってたが
ももんじ屋とか聞いたことないか?

473 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 10:26:05 ID:NhkIxiWM0
>>472
武家屋敷の土間の跡発掘したら刃物で切った跡のある犬の骨が出てきたことなんかも有名。
だいたい武士の趣味に狩りがあった時点で肉食もしてるだろ。
将軍様の鷹狩りを知らん訳じゃなかろうに、さらに獣はひかえる人も魚は別でみんな魚は普通に食ってたわけで、
断じて菜食主義者ではないわな。

474 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 10:26:26 ID:Nx8MK8wB0
>>472
もちろん知っている、「いろいろ理屈つけて」の理屈もね
土(神)の恩恵を受けていない(地面から離れている)魚は食べても大丈夫
鳥も地面から離れる恩知らずだから大丈夫
次は鳥と同じ二本足も恩恵半分しか受けていないので、薬としてはまあいいでしょう。
ウサギなどがそれ、イノシシはスズメが大きく成長したものと理由つけて薬になった。
飛び跳ねる様がウサギと同一視され鹿も大丈夫

で地面に四足はだめ、二足の人が食べて良い存在ではない。



475 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 10:27:33 ID:6EOQMRyaO
話をどこに持っていくの?

476 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 10:44:59 ID:2+j5MJ/40
現状、一番矛盾が無いのは・・・
邪馬台国は、九州発祥で、最終的に近畿までの地域を影響下に治めていた。
邪馬台国と大和王権とは別物である。

という事だろう。

477 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 10:48:47 ID:iiT4qU8zO
>>467
邪馬台国も含め諸国に「官」がいるのにね


478 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 10:49:55 ID:2EtFNbpu0
歴史のミステリーがある国はおもしろい。

雨なんか、地面掘っても見つかるのは、数百年まえのインディアンの

居留地の痕跡だけw

後は、恐竜の化石

479 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 10:52:26 ID:iiT4qU8zO
>>476
発祥の確認は何でできるの?

480 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 10:53:15 ID:ndVEHim1P
>>474
いまでも台湾の農民は牛を食わない人が多い。
日本単独で考えていては答えが出ない部分も、潮の流れに沿った
文化と、縦に注がれた文化勢力との混ざり模様を考えれば、
なんとなく納得できることもある。

481 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 10:55:53 ID:iiT4qU8zO
>>478
インディアンの都市遺跡はwが付くようなものなのか?

482 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 10:56:44 ID:2+j5MJ/40
>>479
こう考えれば矛盾はないということ。
確認なんて、もともとできない。

483 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 11:01:06 ID:iiT4qU8zO
>>482
君の話の大前提だよ
こう考えればの根拠は君の想像だなんて大学のゼミでも通用しない

484 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 11:03:10 ID:3QH/4kXX0
>>481
メキシコ以南に比べるとwかも知れないがそれなりじゃないか、
どちらかという古さがかもな、あっちはヨーロッパ人からの目線じゃなくて人類としての新大陸だったからその辺は仕方ないが。

逆をやってのけたシマウマの評価が低いのは納得いかないけど。

485 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 11:08:05 ID:oHjB5xP60
邪馬台国畿内説を取り、ヤマトトモモソ姫が卑弥呼だとしたなら
記紀では、崇神天皇記に四道将軍の派遣と武埴安彦王の乱の二つの重要な記載がある。
四道将軍の派遣は、畿内王朝の拡張を意味するものだろう。
武埴安彦王の乱については、武埴安彦は河内の王とされるが、もっと強い力をもっていて紀伊半島一帯を支配する有力国家の王とすれば、畿内王朝に対抗できたのも頷けられる

486 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 11:09:16 ID:wGE0N3oX0
何の色眼鏡もなしに魏志倭人伝を読んだが、
「邪馬台国=女王国」ではないと思うよ。
邪馬台国は女王がいる場所ではあるけどね。
まず、邪馬台国の前につらつらと書かれている伊都、奴国、投馬などは女王国ではない。
ただし、伊都は女王国には統属している。
邪馬台国の後ろに記述がある「次に・・・、女王の境界の尽くる所なり」
「女王の境界」と書いているからには、これらの国はすべて女王国の一部だろうね。
これらの国々が、「共に一女子を立てて王と為す」ということだろう。


487 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 11:12:14 ID:2+j5MJ/40
>>483
俺なりの根拠はある。
まず、九州発祥説。
これはもっとも自然でしょ。
発掘の結果を見ても、弥生時代は九州は先進地だったことは事実。
武器でも最新鋭の鉄器の量が近畿に比べて半端無い。
加えて、魏志の邪馬台国に関する風俗表記でも九州南部の風俗と考えればまったく違和感は無いしね。
唯一九州にかけているものが邪馬台国の首都?らしき大型古墳と大規模遺跡。
これについては、九州は掘ればどこでも遺跡が出るようなところなんで、まだ発掘されていない可能性も大きいけど、
まあ、邪馬台国が勢力を近畿まで拡大し、今話題の纒向に遷都したと考えても矛盾は無い。
まあ、それだけじゃないけどね。

488 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 11:14:05 ID:4oLKwnP10
>>486
ぼーっと読むだけじゃなくて分析しろ。

489 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 11:14:44 ID:oHjB5xP60
当時はヒメヒコ制だったからな。
神事は女性の仕事であり、そして当時は神事と宗教は一体のものであり、女性の方が発言力があった。
しかも母系社会だった。
夜這いの決定権は女性の側にあり、生まれた子どもも女性の一族の子供となった。

こうしてみれば、当時の日本は男性よりも女性の方が発言力が強かった事がわかる。
外国人である魏の官僚が日本に来て、国情を調べてみれば、記紀では天皇とされている男王ではなく
祭事を取り仕切っている女性の方が王だと考えるのは自然な成り行きだろう

490 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 11:16:29 ID:wGE0N3oX0
>>488
お前はアホか。
他人の意見を批判するんなら、まずはお前が反論を示せ。
何の反論も出来ない癖に。エラそうに抜かすな。

491 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 11:20:20 ID:oHjB5xP60
記紀では、卑弥呼は神功皇后の事だとされるが。
彼女を卑弥呼とするのは、時代的に合わないだけではなく、矛盾も多い
そこで有力視されているのが、崇神天皇の叔母のヤマトトモモソ姫

ま、あくまで邪馬台国が現在の大和朝廷に繋がる王朝との前提での説ではあるが。
ヤマトトモモソ姫の墓とされる箸墓古墳は、規模も時代も倭人伝と一致するし
彼女が祭事を取り仕切り、天皇がそれにしたがって政治をやっていた政治形態も完全に一致する。

ただ、ヤマトトモモソ姫は、三輪のオオモノヌシの妻となり、彼の正体である蛇の姿を見たために死ぬことになった
これは何を意味するか。。
その辺が気になるのよね。

492 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 11:27:21 ID:NMzRe9Y80
もう、邪馬台国は俺の家だったって事でいいよ。マンションだけど。

493 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 11:27:27 ID:1ul4gzQ30
通常の「ニ礼ニ拍手一礼」じゃない神社があって
卑弥呼が祭られていると推理していた人がいなかったっけ?
昔TVでやっていた気がする、覚えてる人いるかな?


494 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 11:29:11 ID:4AlKNgu20
邪馬台国が九州にあったとすれば
田油津媛=卑弥呼だろう。

495 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 11:30:38 ID:wGE0N3oX0
邪馬台国はどう考えても九州。
魏志倭人伝を素直に読めばね。
近畿は100%、絶対にない。そんな解釈をする連中は、頭が捻くれている。

496 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 11:32:44 ID:ZzcxQ4oa0
>>474
江戸時代には一応の禁止とは裏腹に狸や犬、猿も食ってたし売ってたそうだがw
薬食いってのもちょっと意味が違って、寒い冬に体がぬくもる、滋養をつける、精をつけるなんつって割と一般的に食ってたって話
ちょっと時代下るけど徳川慶喜なんかブタ好きでブタ将軍や豚一さま(ブタ好きの一橋)なんてあだ名あるくらいだし
書き物好きの国民性のおかげで日記やら残ってるよ

実際、18世紀ごろにはどこぞの藩は牛肉の味噌漬けを献上してたし、これについては桜田門外の変の原因の一つでは? って説もあるくらい
幕府と険悪になって、味噌漬けの献上やめた後にあったんで版画にもされて「桜田門牛騒動之図」なんてタイトルもついてる
江戸の庶民からも牛ケチったから死にやがったw 食いもんの恨みは恐ろしいなあ、とか唄作られてたとか


497 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 11:53:09 ID:9Meb7WwZ0
>>493
井沢元彦かな?
出雲大社と宇佐八幡はニ礼四拍手一礼だな。
出雲大社の大国主のご神体は拝殿に対して正面ではなくて左を向いてる。
宇佐八幡には応神天皇、比売大神、神功皇后と並んでて
応神天皇と神功皇后が比売大神を鎮めてる姿だと推理してたな。
四拍は追悼や鎮魂の意味があるんじゃないかと。


498 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 11:58:29 ID:Nx8MK8wB0
>>496
いるよね、論理で負けると無駄に長文になって当たり前のことクドクド言ったり
語尾に「w」つけて、「お前より上位の思考ステージに立っているんだぜ(だから笑う)」
と装って自分の心の均衡を取り戻そうとする人が。

499 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 11:58:39 ID:1ul4gzQ30
>>497
ありがと、ずっと探してた。

そういえば、「邪馬台国はどこですか?」も面白かったな


500 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 12:01:55 ID:2EtFNbpu0
>>481
だから、単なる居住地の痕跡。それも数百年前程度のもの。
文明と呼べるものではない、その痕跡をさも貴重な遺跡並に扱う雨の行動を揶揄したわけ。
歴史がない国が、必死に歴史を探している。その姿がいじましい。

そう言えば、リンカーンが劇場で銃撃されたあと息を引き取ったベッドが、どこに保存されて
いるかを、ナショナルトレジャ0なる番組で大げさに放送したことがある。
たかがベッドが国宝かよ! と思いながら、口あんぐりで見ていたことあがるw



501 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 12:08:49 ID:ZzcxQ4oa0
>>498
んじゃ簡潔に

ももんじ屋跡からは狸や狐なんかの骨見つかってるし、江戸町民の日記にも結構よく書かれてる
また近江あたりからは牛味噌漬けが献上されてた


502 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 13:15:20 ID:6EOQMRyaO
>>491
ある種のクーデターであり、ある種の試みのような気がしますよね

邪馬台国というか女王国は新生国の新政権だと

503 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 13:23:15 ID:40mTgfHF0
井沢の戯言を信じるのかよ?

目新しい説を吹聴して「これが真相だ!」っていって本を売ってる小説家だろ。

まったく。


504 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 13:26:59 ID:UVgGWwvPO
>>501

元の>>168は(支那や朝鮮のような)広範な犬食文化について言ってるのに、何故おおっぴらでない一部の文化と一緒にしているんだ?

今の日本人も(一般的には)鳩や兎は食べないだろ
ただフランス料理とかに行けばそういう料理はあるし、客も日本人が大半なのは事実だろうけど
薬食いなんてそんなようなものだろ

505 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 13:30:39 ID:Dg3hxRCIO
まあ、卑弥呼ブーム…。久しぶりに近くの某県立図書館逝ったんですよ。びちくりしましたねえ。古代史のコーナーが朝鮮人歴史本ばかりになってました。あたまが痛い。学者の本とdでも本を分けてくれとアンケートに書きました。

506 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 13:31:32 ID:ZzcxQ4oa0
>>504
>>501
>江戸時代の人々は仏教の影響である種の菜食主義者だったのも知らない馬鹿ですか?

これに対する反論であって168へのレスではないんだが
そういう突っ込み方するなら最初に持ち出した>>468にするべきじゃないの?

507 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 14:03:40 ID:iTdOI3B+0
江戸期は初期だけでそれ以降は鹿児島などの一部地域を除いて
犬食は無くなったと聞いたけどな。
ともかく、犬食文化からの脱却は犬食がそうでない生活より、より
進歩した形態だからである。
少なくとも、肉食である犬の肉から得られるカロリーは草食の肉の
それよりカロリー投入量は多いだろう。
牛肉以上の無駄といわざるを得ない。エコじゃない。

508 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 14:06:45 ID:6jFoNFA9O
ぎし倭人伝よんでもよくわかりませんでしたよ

509 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 14:07:17 ID:iTdOI3B+0
>>507
ミスった><
犬食文化からの脱却は犬食生活より、より進歩した形態
だからである。

510 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 14:12:01 ID:MnHf9ZYq0
>>437>>486
わからんな
>>430さんがちゃんと書いてるだろ

「女王国」より以北にずらずらっと国が並んで最後の「奴国」、
ここが「女王」の境界。「女王国」とは書いてない。

「女王国」より「以北」に一大率を置いてそいつは伊都国にいる。
その伊都国が「女王国」の中だとすると「女王国以北」と矛盾する。

よって「女王国」はイコール邪馬台国。
「女王」は文字通り女王、または女王の居所。
「女王に属せず」「女王の境界」とは女王の支配関係のことであって
「女王国の版図」の意味ではない。

「邪馬台国」って1回しか出てこない。
もし「邪馬台国」≠「女王国」だっていうなら
邪馬台国ってどういう国だったんだ?

511 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 14:15:27 ID:iTdOI3B+0
邪馬台国がどうのこうのより、大和政権の発祥と発展、
日本の統一過程を素直に議論していった方が実があると
思うのは俺だけ?

512 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 14:27:52 ID:htYBXBZs0
>>507
スレ的にはどうでもいいけど江戸の犬食は今の韓国みたいに食用に犬飼ってるんじゃなくて、
番犬用を非常食がメインだからカロリー投入とか関係ないけどな。

ところで何故N+邪馬台国スレは必ず犬食の話になるんだ?別に犬の骨が出てきたわけでもないのに毎度この展開だよ。

513 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 14:28:23 ID:PxJMpj6yP
>>505
高句麗広開土王碑はそれはそれで価値があるんじゃ?w

514 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 15:19:01 ID:aIlhHoTSO
>>511
同意。その結果、邪馬台国と関係も見えてくるかもしれない。

515 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 15:35:12 ID:2+j5MJ/40
>>511
そういう意味では、邪馬台国と大和王権とは異民族、異文化だと思う。
大和王権の正史である「記紀」で、邪馬台国をスルーしてあるからね。
魏志の中にある邪馬台国の風俗に関する記述も説明がつく。

516 :富士隼 ◆mDvXbT.QV. :2009/11/15(日) 15:42:50 ID:Zxp9XFFJP
>>505
ようやく他にも気づいてくれた人がいたか…。
今の本屋で普通に売られている歴史に関する本は
皆、朝鮮人歴史本です。
地元で発掘された(教科書にも載る)有名な武人埴輪の一群を
『馬に乗っているから』という理由で
朝鮮人認定する本まで現れる始末w

517 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 15:52:21 ID:6i5XpmPe0
>>510

>>「女王国」より以北にずらずらっと国が並んで最後の「奴国」、
ここが「女王」の境界。「女王国」とは書いてない。

まず、この文章だが、「末ろ、伊都、奴国、不み、投馬」の各国が女王国以北はわかるとしても、
邪馬台国のあとにずらずらっと出てくる国も、女王国以北だと解釈しているのか?

さらに、伊都国の次に出てくる「奴国」と、「女王の境界」の前に出てくる「奴国」
を同じと考えているのか?

伊都国を女王国でないというのはその通りだ。
服属しているだけだからな。
しかし、「境界」はまさしく物理的な土地の版図を示す言葉だろ。
それが女王の支配関係を表すんだったら、まさしく女王国の版図じゃないのかね。

もし、邪馬台国イコール女王国なら、逆に何でわざわざ他の箇所で「女王国」と表記する必要がある?
邪馬台国で統一表記すればいいんじゃないのか。

518 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 15:55:47 ID:CZNMQqJe0
>>491
ヤマトトヒノモモソヒメにとっては大物主は夫で、
ヒメタタライスケヨリヒメにとっては父親。
どちらにしろ近親者。
大物主は神だが、同時に出雲神族の代表でもある。
出雲系の現実に絶望したか、厭世から隠遁したのかもしれない。

いまのところ>>444と自分の作った>>409が大筋として近いのかもしれない。

519 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:26:44 ID:u/ENXOZ10
中国の史書で方角を間違えているのはあるようだが、放射状に書いてるものとかあるの?
ないなら単に方角間違いだろ。昔の中国の地図は日本列島南北に書いてるし方角間違いだろ。
水行十日て有明海を十日もぶらぶらしてたと思えないし普通に大和で間違いないだろう。
陸行一月は大阪からだと近いから淡路を通れない理由があって姫路あたりに上陸したんじゃないだろうか。

520 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:31:19 ID:u/ENXOZ10
>>515
>大和王権の正史である「記紀」で、邪馬台国をスルーしてあるからね。
先祖が中国に朝貢してたなんて恥だと思って削って神話っぽくしたんだろ。
なにもおかしくないし理解できる範囲。


521 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:32:25 ID:8PZa+a2+0
>>510
>邪馬台国ってどういう国だったんだ?

だから何度も言ってるだろ?
邪馬台国は女王が「都」する都だ。

女王国はその共立連合国で、
九州北部と大分辺りに境界線があって
紀伊半島(個人的には伊勢まで)が女王国だ。
だから宇佐周辺や吉備、讃岐も女王国という事。

それなら倭人伝の記述とは、方角の解釈以外
距離もすべて一致する。
また後の随書の記述とも整合性があるぞ。




522 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:40:39 ID:6i5XpmPe0
>>519
方角間違いを主張している人は、自分に都合が悪い場所だけ、方角違いだと言ってるのよ。
たとえば、南を東に間違えてると主張するなら、東は北に、北は西にって、全部そう主張するべきでしょ
なのに、それはやらないわけ。ご都合主義。
だから、ダメなの。

523 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:41:41 ID:2+j5MJ/40
>>520
そんなん、恥だと思ったのなら、朝貢じゃなくて、対等に交易してた、としとけば良いだけの話。
実際、神功皇后の場合、交易どころではなく、征伐したと捏造しているしね。
大陸の正史ではじめてまともに取り上げられた統一国家っぽい「邪馬台国」
大和王権が正当化に使わないのは必ず何らかの意図がある。
ここに意図を見出さないとね。

524 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:45:27 ID:qt27WPC/O
九州に邪馬台国があるんなら、遺跡があるはずじゃない。
どこにあるよ?

525 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:46:33 ID:xJzJeBmD0
>>523

意図も何もないだろ。
日本書紀で、魏志を引用してる段階で、
神功皇后が卑弥呼だと日本書紀は認めてるってことだ。
実際は別人だけど。

526 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:47:28 ID:6i5XpmPe0
>>524
発見されていないだけ、あるいは、消滅しているのかも。
言っておくが、「ない」のと「発見されていない」のとは全然違うからな。
あの兵馬俑ですら、発見されたのは20世紀だと言うことを忘れずに。

527 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:50:15 ID:7BiH4yMZO
>>523
半島南部まで支配下においてたのはどうもほんまらしいんだがね。

南トンスリアが全面否定してるがね

528 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:50:23 ID:xJzJeBmD0
>>526
兵馬俑は畑の地下に隠されてた。

卑弥呼の墓は、墓として作られてた。その墓はどこだ?


同列に語るなアホ。

529 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:50:53 ID:TyTfUj80O
九州説は撃沈寸前ですね

530 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:51:27 ID:6EOQMRyaO
そりゃ相手方に資料が残ってるからな
逆に、隋書だっけ?
あれで邪馬台は大和でオールOKだとくみしやすしで
「日出天子から」云々だろ?
ほらな、呪いは構造なんだよ
この前、ユダヤの大御所死んだけど

531 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:52:44 ID:u/ENXOZ10
で、九州説の人は放射状説を支持してるわけ?無理があると思わん?

532 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:53:24 ID:UVgGWwvPO
>>523

しかし、『この辺にありそうだ』『九州ならここが本命』とかもないのか?
いい加減『九州説』って曖昧な表現も止めた方がいいよ
当時は沖縄も東北以北も倭の領域じゃなかったんだから『九州説』じゃ、ほぼ日本の1/3か1/4ぐらいのエリアをさして『この辺のどこか。証拠はまだ見つかってないだけ』って言ってるみたいなものだろ?

533 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:53:41 ID:6i5XpmPe0
>>528
ドアホ。
お前、近畿の古墳ですら、工事や長年の放置で、跡形もなくなりつつあるというのを知らんのか?
お前みたいなバカと話はせんから、他人と話ししろ。
兵馬俑はたとえとして言ったまでだ。このクソボケが。知ね。


534 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:55:20 ID:htYBXBZs0
>>526
まぁ、かつて日本もロシアも中国も支配下においていた偉大なる檀君の宮殿と同じくらいもろくて跡形もないんだろうなと信じるよ。

535 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:55:39 ID:2+j5MJ/40
>>525
日本書紀の本文ではなくて、訳注見たいな感じで、魏志のどの部分かもいわずに「そういえば、魏志の中で神功皇后の三韓征伐の事が書いてありましたね〜」
みたいなかんじで、ぼやかした表記をしている。
卑弥呼が神功皇后に比定されることを公式には認めていないんだよ。
なぜそんな回りくどい表記や表現をしたのか。
で、なぜ、三国志の文章はいろんなところにちりばめられているのに、魏志倭人伝の中に書いてある邪馬台国に関する記述は全部スルーされているのか。
そこは皆注目するところだと思うんだけど。

536 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:55:55 ID:8PZa+a2+0
方角についても本当は畿内説でも大体説明つくんだけどね。
方角間違いなんて説明しなくても。

大体九州説でも方角については矛盾があるし。

537 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:59:32 ID:UVgGWwvPO
>>522

いや、そんな綺麗に間違わないだろ
方角がいい加減ならズレも全て90度ズレてるとは思わないけど?
さすがに東と西が入れ替わることはないだろうけど


538 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 16:59:40 ID:6i5XpmPe0
>>536
九州説では矛盾ないと思うがね。
畿内説では無理だと思うが、何なら、その論説を披露してくれ。

539 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:03:05 ID:6i5XpmPe0
>>537
だから、別に90度じゃなくてもいいわけよ。
ある箇所だけで方角間違いを指摘するなら、全部の記載でそれなりに方向を訂正しなきゃ、
整合性が採れないだろ、御都合主義だろ、と批判しているわけ。


540 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:03:17 ID:xJzJeBmD0
>>535
解釈しようとすれば、好きなように解釈できるよ。

1、卑弥呼は九州の女酋で、神功皇后が征伐した
2、卑弥呼は大和の女王だったが、皇統譜の中に女王がいないため、神功皇后を当ててすり合わせた。

どちらにせよ、九州に邪馬台国があったという証拠が無ければ、1は成立しないので、
2を取るしかない。それが学問。



541 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:03:59 ID:qt27WPC/O
>>533
数十メートル級の古墳が跡形もなく無くなるぐらいの大工事を
やったら何らかの記録、或いは口伝に残るのが当たり前。

542 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:04:35 ID:CZNMQqJe0
>>522
俺は全部90度ずれてると思うけど?
何がおかしいのか指摘してください。

543 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:05:50 ID:UVgGWwvPO
>>539

『ある場所だけ』ってのは『倭人伝だけ』って意味?

544 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:08:33 ID:6i5XpmPe0
>>542
じゃあ聞くが、
「倭人は帯方の東南」
これって、実際は、倭人は北西にあると解釈するのか?
対馬壱岐はそれぞれ南と記載しているが、これも東か?
大鵬の大砲の

545 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:13:49 ID:6i5XpmPe0
>>543
具体的に書くと、「南のかた投馬国に至る」と「南邪馬台国に至る」
ここの部分。
ここだけ、大方の近畿説は東の間違いと主張しているだろ。

546 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:14:13 ID:0+5oAM8C0
いや、それは180度ずれてるだろ

547 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:16:47 ID:UVgGWwvPO
>>544

当時の魏と倭のそれぞれの測量技術はどんなもん?


548 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:17:18 ID:fO8ms4gu0
まったく邪馬台国とか卑弥呼とかと結びつく物的証拠が出てないのに
先走ってる。
こんなだか東北の捏造事件が簡単にできるんだ。
もっと反省しろや、学者マスコミども!

549 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:17:24 ID:u/ENXOZ10
昔の地図を見ればわかるが、九州から南北に日本列島は伸びてると中国人は思ってた。
だから九州までは正しくてそこから先が間違えててもおかしくない。
人間先入観があるといろいろ間違えるからね。

550 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:18:04 ID:CZNMQqJe0
>>544
お前バカだろ?正直に白状しなさいね。
なんで180度逆になってんの?

あと12000里中の関門海峡をこえる不弥国から先の方角が南→東にずれているわけで、
10000里は南のままでその先が南→東だといってるわけ。
何その前の文までずらしてるの?
こっちの主張聞いてないでしょ?読解力ないんでしょ?と。

551 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:18:56 ID:6i5XpmPe0
>>547
知っているんだったら、教えてくれよ。
てか、当時の倭の測量技術なんて誰もしらんと思うけど。

552 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:21:02 ID:UVgGWwvPO
>>545

ちなみにその記述どおりだと九州だと何県になるの?
そこに遺跡(やそれにつながるもの)がないならご都合主義と言われようと記載ミスしかないような

553 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:21:03 ID:ZzcxQ4oa0
>>526 >>533
発見されてないものを論拠にされてもはぁ? としか言えないんだが

554 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:21:25 ID:6i5XpmPe0
>>550
ほら、始まった。お前らのバカな御都合主義。自分の都合のいいとこだけ、
書き間違えにする卑怯者の論拠。
お前なんかと議論する気ないから、他人と話してろ。

555 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:23:35 ID:6i5XpmPe0
>>553
アホか。いつそんなもの論拠にした?

556 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:26:05 ID:UVgGWwvPO
>>551

倭人伝自体が倭人の口述筆記とそれまでの交易などで知られていた倭の事実とがごっちゃになってると思うんだよ
支那から日本に行くまでの距離や方向の正確さと日本についてから邪馬台国までの正確さが一致しないのは矛盾しないんじゃないかなと


557 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:27:24 ID:2+j5MJ/40
古代史の話になると、どうも記紀の記述や万世一系を史実のように信じているやからが出てくるんで困る。
はあ・・・

558 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:30:07 ID:ZzcxQ4oa0
>>555
524 名前:名無しさん@十周年[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 16:45:27 ID:qt27WPC/O
九州に邪馬台国があるんなら、遺跡があるはずじゃない。
どこにあるよ?

526 名前:名無しさん@十周年[] 投稿日:2009/11/15(日) 16:47:28 ID:6i5XpmPe0
>>524
発見されていないだけ、あるいは、消滅しているのかも。
言っておくが、「ない」のと「発見されていない」のとは全然違うからな。


考古学の分野でこんなの通用するわけ無いだろ

559 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:31:20 ID:6i5XpmPe0
>>549
実際に使者の立場にたって考えてみてよ。
それ明代の地図のこと、言ってるんでしょ。
もし、魏の使者が日本列島が南北に連なっていると思いこんでいたとしよう。
まず、彼らが、自分たちだけで、邪馬台国に辿り着けるわけはないんだよね。
当然道案内と同行したはずだ。
もし、思い込みで南へ南へと進んだら、奈良には絶対に到着しないんだから。
もし、奈良方面に向かって行ったのなら、あれっ、邪馬台国は東に進むんだと気が付くはずなんだよ。
太陽があるんだからね。
そんなことぐらいわかってよ。

560 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:32:05 ID:Dg3hxRCIO
>>557 そんなやつは一部だけ。日々ネットを見て懐疑的なネラーにはいないよ。あとね古事記、日本書記の研究はバカにできないんですわ。

561 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:33:10 ID:CZNMQqJe0
>>554
12000里中の関門海峡をこえる不弥国から先の方角が南→東にずれているわけで、
10000里は南のままでその先が南→東だといってるわけ。
つまり、関門海峡を越えた後に、沿岸沿いの航路を取りながら東行することで、
投馬國の岡山と難波津へたどり着く。
これはきわめて自然な航路だし、山陽道が開かれる前は水行するのが普通だったのが、
山陽地方であり、大規模な商船団なら妥当だといえる。
九州内だとわざわざ水行する必要がないからね。

感想をどうぞ。

562 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:33:57 ID:6i5XpmPe0
>>558
じゃあ、歴史学では、勝手気ままに、文献の書き間違いや誤記を主張して
通るの?

563 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:36:26 ID:pZgaNtYKO
そろそろ朝鮮人が起源を主張し始める時間かな
朝鮮人(゚д゚)バーカ

564 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:36:38 ID:UVgGWwvPO
>>554

書き間違えじゃなければ、今の何県になるんだよ?
そこに遺跡がなければ間違いがあったとするのはご都合主義じゃなく合理的な判断だと思うが
>>552

565 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:36:46 ID:CZNMQqJe0
>>559
魏志倭人伝を書いた人は、実際に行った人の旅行記のみを参考にしている。
また中国の地図における初出の日本は>>549のいうとおり南北向きであり、
鎌倉時代に成立した行基図をおそらく冊子に掲載されていたままに南北に長く載せている。
その世界観は清のころにマテオリッチが来るまで続き、マテオリッチの時代になってようやく、
東西に長い日本になった。
そして日本列島が長野あたりで曲がってることに気づくのは更にその後になる。

つまり記事かいた陳寿にとっては「そんなこと知ったこっちゃない」んだ。


566 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:36:54 ID:u/ENXOZ10
>>559
他のスレでもでてるけど中国の他の文献でも方角間違いはあるんでしょ?
太陽があるから間違えないなんてそんな単純なもんでもないんでしょ。
君は歩いてるときどっちに歩いてるか間違えない自信があるの?

567 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:39:52 ID:2+j5MJ/40
>>560
記紀の記述にあわせよう・・・という人が多いように感じるんだが。
もちろん記紀の研究は馬鹿に出来ない、というか、これはすばらしいもの。
ただし、そこにある意図を読み取らないといけないでしょ。
書いていあること=史実に近い・・・とおもうと、落とし穴にはまると思う。
記紀はあくまでも時の権力者が自己正当化のために書いたもの。
これが大前提に無いとね。
歴史の研究書ではない。

568 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:40:08 ID:UVgGWwvPO
>>562

物的証拠を優先するだろ


569 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:41:26 ID:fO8ms4gu0
おまえら無意味なことがほんとに好きなんですね。
文章の隅突いて、字句こねくり回すより
掘りに行ったほうが絶対早いと思うな。


570 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:42:03 ID:f3LXhu6F0
奈良はもっと掘ればいろいろ出てくるんだろな

571 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:43:44 ID:6i5XpmPe0
>>566
あのね、オレたちが町をぶらぶら散歩しているのとは違うんだよ。
彼らにとっては、見知らぬ異国地で方角を間違えて進むなんてことは、命を落とす重大事項なんだよ。
使者の中には、方位の専門家も随行していただろうしね。
あとで皇帝に報告するんだからな。
それを適当で、いい加減に書くなんて考える方がどうかしている。

572 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:45:07 ID:ZzcxQ4oa0
>>562
質問を質問で返すなーっ!!疑問文には疑問文で答えろと学校では教えているのか?
ってお約束は置いておいて。

文献学でも根拠を示さずにこの本が正しいと言っても通じないと思うけどね
まずは本の内容検証して、その検証が正しいのか、って流れが普通じゃない?

573 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:45:24 ID:lRFKUBfl0
言葉では方角は間違えないけど、
書くときは当て字とか結構いい加減だったのかもしれない


574 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:45:32 ID:7sWDjG+dO
>>539
大体この時代の正しい東アジアの地図なんて存在しないでしょ?
中国からみて正しい地形、方角把握なんて土台無理な事です。

随の時代でも日本よりずっと近くて測量容易なはずの
済州島でさえ間違えてる例があるしな。

575 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:45:50 ID:jbZldoz30
方向間違い説は轟沈した。

それで、九州なのだろうか?

576 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:47:28 ID:nBFFmZVF0
そもそも魏書東夷伝の記述が正確な訳もないし、
それを根拠に位置を考えても意味がない。
当時の稚拙な技術とはいえ測量しながら往復したってんならまだしもな。
重要なのは日本での遺跡発掘の結果で、
今のところは畿内説が半歩リードってトコじゃないか?
当時は無数の国に分かれて戦乱が起きてたのだから、同規模の国が複数あっても当然。
何か決定的な証拠が無い限り、どこが邪馬台国だったかなんて分かりはしないさ。

577 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:48:11 ID:6i5XpmPe0
>>568
奈良の遺跡にも、卑弥呼と関連付ける物証は何もないだろ。
あったら教えてくれ。
巻向とか、あんなものは、単に、それだけの規模の集落、建物があった、ただ、それだけだ。
卑弥呼との関連が証明されたわけでは全然ない。

578 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:48:25 ID:lRFKUBfl0
使者は正確に話したけど、汚い字で書くから東とか南とか区別がつかないんだよ


579 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:48:39 ID:Mjduhjsk0
建物跡見てきたけど邪馬台国のものじゃなかった。
時代も全然合わないし、様式からしてまったく違う。どこから邪馬台国なんて話が出てきたのか不思議なぐらい。
断言するけどこれは120%ニセモノ。九州の発掘調査に期待だな。

580 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:49:02 ID:UVgGWwvPO
>>571

その辺は倭人が随行して道案内してるだろうから方位の専門家がいたかどうかは分からん
よしんば東と気付いていても倭人伝に南と誤記されていることまで知ってたかどうか

あと、答えて欲しいのは東ではなく南のままなら九州の何県なんだよ?
そこがまともな候補地にならないなら九州説でも誤記を前提にしないと成り立たないんだけどな


581 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:50:33 ID:7sWDjG+dO
>>575
九州、特に北部九州は100%ない。
現状では徳島や吉備の方がマシ。
まあ宮崎はまだ少し可能性あるかな?

582 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:51:16 ID:u/ENXOZ10
>>571
だからあんたがそうやって間違えるはずがないと思い込んでるだけで実際間違えてるのがあるんでしょ?
人間のやることなんだから間違えることがあるんだよ。で、放射状に書いてる文献とかあるの?
ないならそこだけ放射状に読むほうがおかしいだろう。ということ。


583 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:53:11 ID:UVgGWwvPO
>>577

>>1がそうなんじゃないの?九州にはその時代にそんな大きな建築物跡はないでしょ?
ってのが>>1だと思うんだけど

584 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:54:58 ID:Dg3hxRCIO
結論。邪馬台国は大和にあった。

585 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:55:37 ID:6i5XpmPe0
>>580
宮崎あたりかなと思う。
倭人伝の誤記なしで十分可能だよ。

あとね、倭人伝の記事を信頼できないんなら、それでもいいんだが、
そんな奴とは議論したくないんでね。
オレの話に書き込みせんでくれ。他の奴とどうぞ。

586 :三河農士 ◆R2srkOAYfTmd :2009/11/15(日) 17:57:16 ID:7sz26qG5O
邪馬台国のじゃなく大和朝廷の、だろ。

587 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:59:12 ID:9Meb7WwZ0
邪馬台国=ヤマトコク=大和朝廷だわな

588 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:59:52 ID:7sWDjG+dO
>>577
そんな確実な物証なんて未来永劫何処からも出ないでしょ。
金印にしたって未発掘の大規模な円噴から出てこそ証拠になる訳だし。

現状では奈良の巻向が墓や人物、伝承に倭人伝の記述について、
これが一番可能性が高いのが巻向遺跡という事です。

今回の発見も宮殿のような重要な建造物が無いという弱点を
カバー出来たという点で有意義な物ですね。


589 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 17:59:56 ID:2ALwPHDHO
ヤマト政権こそが邪馬台国
素直に解釈すべきだな

590 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 18:00:14 ID:qLzTzA98O
決定的な物証が出るよりも過去に行けるタイムマシンの完成のが先になるんじゃね?

591 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 18:00:25 ID:UVgGWwvPO
>>585

信頼できないって?
例えば南南東なのに南と誤記されてる可能性はないとかいう主張?

当時の魏の測量技術と倭の測量技術や航海がさほど正確だったとは思わないけどな


592 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 18:00:39 ID:jbZldoz30
邪馬台国という名に惑わされすぎたのだろうか...

新聞の大きな見出しや決め付け、記者と記者が訊きにゆく特定の学者
に惑わされてはいないだろうか...

593 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 18:02:43 ID:6i5XpmPe0
>>582
全然、見当違いの批判。
間違いはあっても、そう主張するなら、合理的に説明しろよ、ということ。
単に特定個所だけ捉えて「南は東の間違い」だけでは、ダメだと言うこと。
九州に着いてからでも方角の記載はたくさんあるのにね。


594 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 18:02:58 ID:ZzcxQ4oa0
>>577
元々「可能性が高い」って発表であって全く断言されてなくね?

595 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 18:05:16 ID:ZzcxQ4oa0
>>593
それ因果逆転してるから
倭人伝が正確だ、って言うなら魏誌内の他の国の記述はどうなの?
正確だって確信してるみたいだしこれくらいは検討してるよね?

596 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 18:06:43 ID:6i5XpmPe0
>>591
そういう意味じゃなくて、魏志倭人伝の著者や、魏の使者の書いた報告などを
適当でいい加減に書いたんだろうと主張している人のこと。


597 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 18:08:13 ID:2ALwPHDHO
魏志倭人伝を見るかぎり

奴国、投馬国は女王国に属してると思われる
つまり、邪馬台国を合わせても14万戸もの大国
人口にすりゃ60万人ぐらいになるな。

弥生後期を考えると九州、吉備、畿内ぐらいな規模だな。

598 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 18:11:09 ID:UVgGWwvPO
>>595

確かにこの時代前後に方角の間違いの記載が中国の歴史書に見られるのなら、
『中国の使者が間違いに気付いても歴史書には必ずしも反映されない』
とか
『中国の使者レベルなら歴史書を目を通しているのではない』
と言えるよな
つまり、倭人伝のところで方角を間違えて記載されてることは(畿内説にとっては不利なことには間違いないが)それでもって畿内説を否定するほどのものではないってことだ


599 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 18:11:20 ID:DdIashNZ0
>>579
現説いってきたのか乙。
様式どんな感じ?

600 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 18:12:28 ID:ZzcxQ4oa0
>>577
「推察される」材料な

・唐古・鍵遺跡の約10倍の規模を持ち、藤原宮に匹敵する巨大な遺跡で多賀城跡よりも大規模である。
都市計画のなされていた痕跡と考えられる遺構が随所で確認されている
・祭祀遺跡(穴師ドヨド地区の景行天皇纏向日代宮の伝承地から碧玉製勾玉・石釧・管玉・ガラス小玉、4世紀後半の土器など出土)
・瓦質土器(1996年に土器片の発見。胎土成分組成の分析により、2001年に国内で類例のない事が確認され、朝鮮半島内の技術で作られたものと判明した)
・竪穴式住居発見されている
・発掘土器全体の2割弱が九州から関東までの各地で作られた土器

・纒向遺跡は大集落と言われながらも、人の住む集落跡が発見されていない。
現在発見されているのは祭祀用と考えられる建物と土抗、そして弧文円板や鶏形木製品などの祭祀用具、
物流のためのヒノキの矢板で護岸された大・小溝(運河)などである。
遺跡の性格としては居住域というよりも、頻繁に人々や物資が集まったり
箸墓古墳を中心とした三輪山などへの祭祀のための聖地と考える学者も多い。


藤原京に匹敵する巨大遺跡があの時代にあって、しかもどうやら祭礼のための、って性格が強そうで、住居形式や発掘物、年輪、炭素測定などから3、4世紀の頃のものの
可能性が高いとなればそりゃでかいアドバンテージって言われてもこれは流石にしょうがない

601 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 18:12:49 ID:XnkPT1610
卑弥呼は東京都出身じゃなかったっけ。

602 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 18:13:35 ID:UVgGWwvPO
>>596

距離や方角などは現在の水準から見たら不正確な部分はあるだろうが、書こうとする姿勢は適当でいい加減ではないだろうな
魏にとっても政治的な意思もあっただろうし


603 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 18:16:41 ID:qt27WPC/O
6i5XpmPe0や他の九州説の人はさ、
考古学界では畿内説支持が絶対多数を占めている現実を見なよ。

604 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 18:18:37 ID:6i5XpmPe0
>>598
他の歴史書は知らんが、少なくとも、魏志倭人伝の著者は、使者の報告に基づいて方位や距離を書いているんだろ。
だったら、なんで、そんな結論になるんだね。
使者が書き間違えたら、歴史書も書き間違えるだろうし、
使者が間違いに気づいて正しく報告したら、当然歴史書も正しく書くのと違うか?


605 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 18:22:45 ID:6i5XpmPe0
>>603
学説の正しさは多数決で決めるのか?
そんなバカな。


606 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 18:22:46 ID:2ALwPHDHO
女王卑弥呼これがヤマト政権と別物とされてきた要因だが
大王の縁者や兄弟に大王と同列な地位を持つ女性か居た可能性高いよな。

それが女王卑弥呼だと伝わったんだろう。

607 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 18:22:49 ID:dL1XnvdDO
どんな物でも強引に耶麻台国に結び付けたがる考古学のセンセイて、
老い先短いから手っ取り早く結論を急いでるわけ?
もう、阿呆かと、バカかと。

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