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【社会】九州?近畿?論戦熱く…邪馬台国めぐりシンポ - 九州国博

1 : ◆SCHearTCPU @胸のときめき▲φ ★:2009/11/10(火) 06:04:30 ID:???0 ?PLT(12556)
九州か、近畿か、それともまったく別の地か? 古来、さまざまな論議がなされてきた邪馬台国の
所在地をめぐるシンポジウム「邪馬台国はここにあった」(西日本新聞社主催)が8日、太宰府市の
九州国立博物館で行われた。九州国博で開催中の特別展「古代九州の国宝」(29日まで)の
関連イベントで、300人を超す古代史ファンなどが、専門家による邪馬台国研究の最前線や、
在野の4人の研究家たちの自説発表に耳を傾けた。

シンポは2部構成で、第1部では邪馬台国畿内説の有力候補地として注目されている
奈良県纒向(まきむく)遺跡の発掘・研究を行っている橋本輝彦氏(奈良県桜井市教委主査)と、
佐賀県吉野ケ里遺跡の発掘を指揮し九州説に立つ高島忠平氏(佐賀女子短期大学学長)が、
それぞれの立場から邪馬台国研究の最前線を紹介した。
橋本氏は、日本最古の前方後円墳とされる箸墓古墳があり、広範囲からの搬入土器も多いなど、
纒向遺跡の特徴、発掘調査の成果などを紹介しつつ「この春から一帯の建物、居館の調査を
進めており、新たな館やその構造なども明らかになっていくと思う」と説明。

一方、高島氏は、魏志倭人伝に従えば「卑弥呼の都」は環濠(かんごう)集落と考えるべきで、
土塁や城柵が確認できる北部九州の環濠集落を指しているのでないか、また「国際性豊かな
場所だったはずで、中国・朝鮮半島との交流による文物が数多く出土している北部九州と
考えるのが自然」と語った。

討論を受けて、シンポは在野の研究者の発表に移り、「日田−吉野ケ里説」を唱える
井上修一氏(大阪府)、「宇佐説」の鷲崎弘朋氏(東京都)、「畿内説」の矢野壽一氏(筑紫野市)、
「筑後説」の福嶋正日子氏(久留米市)が熱く自説を展開した。

*+*+ 西日本新聞 2009/11/10[06:04:30] +*+*
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/133535

2 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:15:59 ID:KR8KRnoGO
いまどき九州説となえるやつって朝鮮人だよね。

3 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:16:46 ID:YptSrw1Y0
俺は広島から鳥取にかけて存在したと思うんだよね

4 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:25:40 ID:MBrkFRL/O
北九州出身だが

畿内だろ?九州なんて言ってるのはキチガイだけです

5 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:26:44 ID:Ylhanh4x0
大都会岡山か、徳島じゃないのか

6 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:33:40 ID:PnFqGGK/O
どうせはっきり分からないんだろ
こんなこと議論してどうする

7 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:40:25 ID:nE55z9ceO
「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。つつがなしや」
聖徳太子が隋の煬帝に送ったと言われる一節である。
隋の記録では、この書物を送った人物は
「姓は阿毎(あま)、字は多利思比弧(たらしひこ)、号は阿輩雉彌(おおきみ)」
と記録されており
「王の妻は雉彌と号し、別に太子がいた」
と記されている。
この事から当時の日本の王(天皇)は男王である事は明らかであり、それを補佐する太子がいたと分かるのだが、
日本書紀では女帝の推古天皇が皇位にあり、聖徳太子がこれを補佐していたとある。
では別にいた太子(聖徳太子)に補佐されていた男王とは何者なのか?
以上、邪馬台国の謎より面白い歴史のミステリー。

8 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:42:00 ID:qWxSz+IV0
天皇の先祖が半島から九州に漂着 → 近畿に引っ越し

9 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:44:26 ID:P2WfqPl/0
熊本出身ですが、どっちでもイイです。

10 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:44:58 ID:u3UkLhPo0
論戦なんかしても意味ない
なにか明確な証拠でも出てこない限りほんとのことなんてわかりっこないんだからな
なんでそーゆー意見が出てこないんだ?

11 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:47:20 ID:LGjFa3JgO
確か邪馬台国とは別に大きな国があったはずなんだけどな

そっちが大和かと思ってたわ

12 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:48:57 ID:1nzH3ZA60
でも邪馬台国ってなんでこんな人気あるんだ?
日本史の素人人気ジャンルってWW2、戦国、維新のTOP3を除くと
邪馬台国がダントツだろう。やっぱ資料が少なすぎて
アマチュアでも好き勝手なこと言えるからか?

13 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:52:19 ID:KR8KRnoGO
>>8
当時の半島人口は日本より少ない。
南と陸続きの時にすでに南から渡って来たというのが真実

14 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:53:15 ID:4JX1KJGiO
「邪馬台」を古代中国語の特色が強く残る方言の地域の人間に読ますと
「ヤマトゥ」になるらしい
卑弥呼と見られる墓とか物証も揃ってきたし、近畿でほぼ決まりだろ

15 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:54:40 ID:NlZGGIlc0
九州説は終わってるだろw

16 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:55:21 ID:Z11e9e1R0
んじゃ中間の小豆島あたりにでもしとけ

オレは隣家が誰なのかも知らないぐらいだ

17 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:56:01 ID:+mw+XcDwO
普通に九州だろ

18 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:56:24 ID:6IhbY+pAO
徳島に一票!!

19 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:56:39 ID:KR8KRnoGO
地理が正確な隋書で奈良の大和のことを
「魏志にかかれた邪馬台国になり」
と書かれてるから文献的にも決着してる

20 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:57:43 ID:CxoZnnUI0
まぁ、色々説はある。 物証が出るまでのお楽しみだね。
 ttp://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1255870802/l50

googleれば、サガミハラハラ 氏説w もあるし。

21 :ノンケケ ◆NaN/AwoGsk :2009/11/10(火) 06:58:41 ID:bBwUucxoO
|ω・`)鎮西の流刑地土民ども必死だなw

22 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 06:59:06 ID:eO98pUPI0
20年前は九州説が優勢だったのにな。
いつの間にか畿内説が逆転してる。

しかし試合はまだ終わったわけではない。

23 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:00:43 ID:Gx8lgBLNO
ヤマトと言う地名は九州に数多く存在する為、ヤマトゥの発音を無視したい畿内説派

24 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:00:56 ID:+zkr76EHO
高千穂でヤマタイ国建国→クナ国との戦争に負けて東に移住(東征)→畿内にて再度建国→勢力拡大して大和朝廷へ

25 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:01:37 ID:LCwvsW8b0
>>19
「都於邪靡堆則魏志所謂邪馬臺者也」=「都の邪靡堆とは、即ち魏志に謂う所の邪馬臺なり」(隋書)
だもんね。


26 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:04:20 ID:rWssn9eD0
村おこし町おこしの利害と癒着してるから、まず結論ありきで有利なデータを探すだけの発掘になってる

27 :小早川秀秋 ◆864fRH2jyw :2009/11/10(火) 07:05:40 ID:OI32pGXw0
こういうのはもっとやってほしい。おもしろいし、夢とロマンがある。

28 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:13:34 ID:BRotkEoyO
>>27 殺し合いが見たいのか?
なぜかわからんが両者の対立は凄まじく穏やかに話し合える状況じゃない。

29 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:17:34 ID:nE55z9ceO
>>28
じゃあ間をとって邪馬台国は沈んでしまったムー大陸にあったって事で

30 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:18:27 ID:wXxy0k0f0
なんかこの手の話って歴史的議論と言うより偏狭な郷土エゴが幅を
利かせてる感があるよなぁ。逆にそういうのが関っている人たちには
面白いのかもしれないけど。それにしても一昔前はシルクロードとか
中国辺境あたりに熱中するマニアが多かったのに、今では全然だよね。
NHKはああいう歴史番組とかもう作らないのかな。

31 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:20:44 ID:eO98pUPI0
1ヶ月くらい奈良に滞在して観光したいって気にはなるけど、北九州なんかラーメン食ってとっとと帰りたい感じ。

だから奈良説が正解だと思う。

32 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:22:21 ID:upmGrA7j0
>>8
支那から、内乱を避けて渡ってきた一族という説もあるぞ。

33 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:24:12 ID:QHFNc/w20
岩手です。

というネタをわかる人は何人いますか。

34 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:27:41 ID:TEQNgQCBO
>>29
それマジに主張しているムー信者いるから

35 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:29:18 ID:qdxsjuOf0
ある程度先からは記載はええかげんだから、てけとーにでっちあげて
まっとうな記載のとこまでしか行ってなくて、本当は存在しなかったりして…。

36 :樹海 ◆.sK830VbOvot :2009/11/10(火) 07:30:41 ID:Mysc2Nwn0
>>19
待てよ、隋書には「倭」に関する記述はないだろ。
魏志に「邪馬台国」に関する記述が無いのと同様に。


37 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:37:10 ID:53V/nNidO
もう邪馬台国は北海道ってことでいいだろ

38 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:37:14 ID:nE55z9ceO
>>34
ロマンだな…

39 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:39:24 ID:jzeALgpfO
邪馬台国の所在を主張する全国の自治体が一同に会して、
邪馬台国サミットを開催するぐらいの洒落っ気が欲しい。

40 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:39:36 ID:LCwvsW8b0
>>36
隋書倭国伝あるぜ
倭國、在百濟、新羅東南、水陸三千里、於大海之中依山島而居。魏時、譯通中國、
三十餘國、皆自稱王。夷人不知里數、但計以日。其國境東西五月行、南北三月行、
各至於海。其地勢東高西下。都於邪靡堆、則魏志所謂邪馬臺者也。古云去樂浪郡
境及帶方郡並一萬二千里、在會稽之東、與?耳相近。

漢光武時、遣使入朝、自稱大夫。安帝時、又遣使朝貢、謂之倭奴國。桓、靈之間、
其國大亂、遞相攻伐、歴年無主。有女子名卑彌呼、能以鬼道惑衆、於是國人共立為王。
有男弟、佐卑彌理國。其王有侍婢千人、罕有見其面者、唯有男子二人給王飲食、
通傳言語。其王有宮室樓觀、城柵皆持兵守衛、為法甚嚴。自魏至于齊、梁、代與中國相通。




41 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:40:04 ID:IVaD+2I00
そもそも魏志の邪馬台は大和のことだと
中国のその後の歴史書に書いてあるやん

42 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:40:52 ID:qWxSz+IV0
>>13
縄文人のことじゃなくて、弥生人のことだよ
日本史勉強したほうがいい  ウヨ?
九州には半島から人が渡ってきた痕跡が数多く存在する

43 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:44:30 ID:cM6LtRQ/0
>>42
朝鮮半島南部には倭人の国があったんだ。
証拠は倭人文化である前方後円墳がたくさん見られること。
日本国内の前方後円墳は3世紀前半から造られた。
朝鮮半島南部の前方後円墳は5世紀からだ。
そして、邪馬台国は奈良のマキムクだ。

44 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:45:00 ID:KR8KRnoGO
>>42
朝鮮半島には日本人が渡っていった痕跡いくらでもあるぜ?

ウヨとかいう時点でおまえ朝鮮人?

45 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:48:21 ID:KR8KRnoGO
>>36
存在する。「日出ずるところの天子…」という文書送られて怒る
の知ってるだろ?

46 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:48:54 ID:CH8R6bEl0
つかおまえら女王様にどんだけあこがれてるんだよw



47 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:50:46 ID:LCwvsW8b0
>>43
銅鐸も畿内最強→九州→しょぼい朝鮮式銅鐸だしな

48 :樹海 ◆.sK830VbOvot :2009/11/10(火) 07:53:13 ID:Mysc2Nwn0
>>40
隋書では「倭国伝」では無いって事なんだが。


49 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:53:25 ID:LCwvsW8b0
あと文献どうたらこうたらいうなら卑弥呼自身、「呉の太白の子孫」と自称してるし半島のことなんぞ出してない。

50 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:54:21 ID:p4FQSqZt0
>>42
縄文人・弥生人って人種による分類じゃないよ?
文様土器使用者=縄文人、無文様土器使用者=弥生人

51 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:54:57 ID:TEQNgQCBO
>>38
いや〜、すげえぞ
彼らの主張はこうだ。
日本はムー大陸の一部で、邪馬台国は地方都市だった。
ムー大陸は中は空洞でガスが溜まり、ガスが爆発した事で一夜で消えた。沈んだじゃない!
ピラミッドはムーの通信設備で、マヤやエジプトはその名残。
日本人はムーの末裔なんだ!


初めて力説された時は、どこの少年マガジンだよと思った

52 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:57:25 ID:cM6LtRQ/0
60番か70番ぐらいに必ず出てくるぞ。






卑弥呼は韓国人だったのです、って言い出す奴がw

53 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:58:09 ID:dMqiJfVVO
邪馬台国は朝鮮半島にあって卑弥呼は韓国人ニダ!

54 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:58:52 ID:LCwvsW8b0
>>48
隋書は紀と志と列伝で成り立っていて、その列伝の四十六東夷倭国

55 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:59:04 ID:qWxSz+IV0
>>44
ひとの書き込みにケチつける おまえにいってるんじゃねえんだよ 自意識過剰だろ
2chでおまえのような奴によくでくわすが
あとに残るのは不愉快だけだな 自分の思いこみが絶対と言い張る思いこむ ウヨ脳 爬虫類脳
百害あって一利なし 小人閑居をもって不全を成す

56 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 07:59:57 ID:TEQNgQCBO
>>42
遺伝的に弥生人と半島人は別物だぞ。
サヨ
勉強しょうな

57 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:01:27 ID:cvg3JAamP
大阪人嫌われ度調査

58 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:02:04 ID:KR8KRnoGO
>>55
俺に安価つけたのおまえだろw
ファビョってどうするw

59 :樹海 ◆.sK830VbOvot :2009/11/10(火) 08:02:09 ID:Mysc2Nwn0
>>52
とても難しいな。対馬より先にあるわけだし。

60 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:03:46 ID:cM6LtRQ/0
>>55
朝の07:59:04 から興奮すんなやw
あんたが先にウヨなんて書くからいけないんだ。
ようするにだ、邪馬台国はマキムクの地だ。

61 :樹海 ◆.sK830VbOvot :2009/11/10(火) 08:04:34 ID:Mysc2Nwn0
>>54
本当に「倭」と記述されてる? 別の字だろう。
わざわざヒントを出してやったのに。
魏志が邪馬「壱」国であるのと同じなわけ。



62 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:04:46 ID:qK8/cguM0
大和は山内、即ち山の内側、奈良盆地のこと。
山城は山背、即ち山の向こう。京都のこと。
邪馬台国がヤマトになった訳でないと思うが…


63 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:06:26 ID:/ynwCDn90
掘り返せない国宝級の史跡の下に眠ってる

64 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:07:33 ID:LCwvsW8b0
>>61
東夷伝は高麗・百済・新羅・靺鞨・琉求・?國(倭国)

内容に卑弥呼が出てくるし、「日出ずるところの天子」の記述あるし、 裴世清使者に出してるし。
疑うもんなんぞいないよ

65 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:10:24 ID:LCwvsW8b0
>>61
漢光武時、遣使入朝、自稱大夫。安帝時、又遣使朝貢、謂之倭奴國。桓、靈之間、其國大亂、
遞相攻伐、歴年無主。有女子名卑彌呼、能以鬼道惑衆、於是國人共立為王。有男弟、佐卑彌理國。
其王有侍婢千人、罕有見其面者、唯有男子二人給王飲食、通傳言語。其王有宮室樓觀、城柵皆持兵守衛、
為法甚嚴。自魏至于齊、梁、代與中國相通。

>有女子名卑彌呼

66 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:11:14 ID:emdXfOFpO
九州か
その昔移動手段の乏しい時代に九州を中心に置くのは、ありえない程効率的では無いじゃん
候補としてまず無いだろ
畿内に置くのが普通に合理的だろ

九州にゆかりの地名はねーしな


67 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:12:18 ID:LWIZyXZV0
>>61
>魏志が邪馬「壱」国であるのと同じなわけ。

確かその説は明快に否定されていたと思うが

68 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:12:56 ID:asdcRiM0O
未だに悩んでんのかお?

卑弥呼の神殿は出雲大社だって何度もいってるお。

財力がなければ邪馬台国にはふさわしくないから
認めたくないのは解るが真実は
一つしかないんだな。これが、

69 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:14:36 ID:vg1kM/VZ0
九州に決まってんだろが


70 :樹海 ◆.sK830VbOvot :2009/11/10(火) 08:15:07 ID:Mysc2Nwn0
>>64
はいダウト
裴清なら居るけどね。

ただどこかの引用しているだけだっての丸わかりだからね。
つーか、予防線ぐらい張っておけよ。


71 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:16:12 ID:vVJXfRS6O
まあ祟神が朝鮮半島出身の騎馬民族なのはもう確定だからな
学生さんはよく覚えとけよ。テストにでるからな

72 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:19:24 ID:+OmFeA8W0
九州から畿内に移動した説ってのもあったような

73 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:20:09 ID:LCwvsW8b0
>>70
おまえコテつけてそんなこといって恥ずかしくないのか?w

裴世清
裴世清(はい せいせい、生没年不明)は、7世紀前半に中国王朝隋の煬帝による命で?國(倭国)を訪れた使者。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%B4%E4%B8%96%E6%B8%85



74 :樹海 ◆.sK830VbOvot :2009/11/10(火) 08:20:52 ID:Mysc2Nwn0
>>67
否定できないだろ。
「壱」(正確には旧字体、以下同)はいわゆる「台与」でも使われているし。
同文中に「台」が出てきてしまっているためにいろいろ言われているわけだが。

確定できる材料が揃ってないから未だに論争が続いているわけで、
どこかの土地から明確な証拠が出土しない限り永遠に解決しないさ。

75 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:22:11 ID:LCwvsW8b0
樹海▲

76 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:22:51 ID:cM6LtRQ/0
>>71
>まあ祟神が朝鮮半島出身の騎馬民族なのはもう確定だからな

だから、朝鮮半島の騎馬民族って誰?
朝鮮半島のどこら辺の土地が騎馬民族が疾走できるような土地なんだ?
朝鮮半島から玄界灘を渡って、どうやって騎馬民族が渡来したの?
騎馬民族って言うのはね、1人の武人に数頭の馬が必要なんだよw
それだけ莫大な数の馬を、どうやって連れてきたの?
確証があるなら、ここに崇神を連れてこいよ、直接聞いてみるから。

77 :樹海 ◆.sK830VbOvot :2009/11/10(火) 08:23:58 ID:Mysc2Nwn0
>>73
無批判に引用するだけのお前よりましだろ。

裴清 (裴世清から皇帝の諱を避けたものと認められる)とでも書いておけ。


78 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:24:47 ID:kcL2fwHD0
>>71
最近の遺伝子調査では、九州北部をはじめを近畿含めた地域で、今の半島人
とのつながりは認められなかったようだ。

79 :樹海 ◆.sK830VbOvot :2009/11/10(火) 08:26:25 ID:Mysc2Nwn0
>>76
まあまあ、騎馬民族渡来説なんて、過去の埃だわ。


80 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:28:45 ID:LCwvsW8b0
>>77
何その苦し紛れw

>内容に卑弥呼が出てくるし、「日出ずるところの天子」の記述あるし、 裴世清使者に出してるし。
>疑うもんなんぞいないよ

これのどこが引用だ?内容の紹介だろ?とっととコテはずして半年ROMれ。恥かきw

81 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:31:24 ID:IqX4D7/dO
市橋が捕まった所が邪馬台国でいいよもう

82 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:32:50 ID:Q1J489PMO

今に見ていろ 邪魔大王国 全滅だ

83 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:33:56 ID:cM6LtRQ/0
邪馬台国は・・・・、





マキムクに確定だ!

84 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:39:03 ID:fs2wCM1D0
邪馬台国は奈良だろうが、それより以前の国家群みたいなのは九州にあったんだろう。

85 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:44:38 ID:JvuRFx810
日本人が書いたものじゃないんだろ
信用できるのか?

86 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 08:44:58 ID:AkU49Hcr0
当時の東アジアの記録を見ると

漢人や韓人(秦から逃亡した、所謂漢人の一派)
倭人
ふよなどの遊牧系

この三種類が見られるが
半島南部から日本にかけては、倭人しか見られないように書かれてある。
韓人というのは名の通り中国人であって、もし彼らが日本の王なら
中国名をそのまま名乗るはずだ。

87 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 09:02:37 ID:AFnUbwSCO

九博もネタに詰まったか

88 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 09:05:25 ID:TEQNgQCBO
>>71
朝鮮古来の馬はロバぐらいの大きさしかないんだが?

89 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 09:09:11 ID:v3RbDi1EO
過ぎ去った大昔のことでこんなに熱くなるなんて
こんなどうでもいいことの証明のために大事な工事があちこちで止まるんだよな

90 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 09:10:48 ID:w70hnfwg0
>>86
まーふつーに始皇帝の末裔だとか何とかフカシこくはずだよねー

91 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 09:21:07 ID:AxZqmfhV0
>ちなみに、客家語や広東語が
>唐代や宋代の中国語の音韻を標準中国語よりも強く残存させているのは確からしい。
>(標準中国語の基礎になっている北京方言は、
> モンゴル語や満洲語の影響をかなり強く受けているため)

>…そこで以前、
>広東語を話す人間に「邪馬台」という漢字を読ませてみたら
>ものの見事に「ヤマトィ」と読んでいた。

92 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 09:29:18 ID:W1L/s6evO
九州に有ったよ

だって祖先から 伝説があるし

93 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 09:35:31 ID:rb7a9mZs0
もう、どっちが正解かドラえもんに聞けよ

94 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 09:38:02 ID:UnxE5ZwuO
>30
そのNHKがシルクロードの番組を収録するとき
ウイグルで行っていた核実験について
意図的に無視したため番組に感動して
シルクロードに出かけた多くの人たちが
白血病にかかったという。

現在、世界一周マラソンに挑戦中の間寛平が
その場所を走るというんでちょっと心配。

95 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 09:46:00 ID:UnxE5ZwuO
>52
それはない
韓国人の歴史書に卑弥呼が朝貢してきたってかいてあるから
ただ年代が違うのか、日本の学者は
だれも相手にしていない


96 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 09:49:07 ID:vcKgVULA0
みなま日本府に触れたくないという学者は信用出来ない。 近畿に多い。

97 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 09:54:45 ID:rmun61wr0
今でも九州説信じてる人って、
ちょっと頭がアレな人って聞いたけど。

98 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 09:54:58 ID:MVQGQtSyO
掘り返して遺跡がたくさんでてきたとこでいいじゃない

99 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 09:58:33 ID:KJl1bnFY0

バカでも分るように教えてやる。

大阪
京都
奈良

コレ全部古来 「都」 が置かれた場所。
持ち回りで 「都」 をしてた場所。
つまり、それだけ人が多くて文明が築かれてたって事。
いきなりそんな事が出来るわけが無い。
という事は、それ以前に近畿地方に何らかの大きな文明があったという事。

もう分るね?何処に邪馬台国という古代国家があったのか。

100 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 10:14:47 ID:Rj65tqCV0
随所倭国伝には対馬壱岐は韓国領であることが明記されている。
豆知識な。

101 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 10:17:31 ID:lCqpiNNRO
ハイブリッドなんだろ
やまたいこくは

102 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 10:17:59 ID:LCwvsW8b0
>>95
韓国の歴史書って何?

103 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 10:23:35 ID:820NAH/hO
>>33
八幡平か、
でも数ある邪馬台国説も大差ないんだよな。
南を東にしたり月を日にしたり、結局は地元の観光の為なんだよ。

104 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 10:24:34 ID:LCwvsW8b0
>>100
倭国に属しているとも書いていないが、韓国領なんていってないと思うが。

105 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 10:43:25 ID:L1RDpDbjP
これ九州説自体が絶滅寸前なんじゃないの?

決定的な証拠が出るまではしぶとく主張し続けるだろうけど

106 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 10:58:06 ID:vcKgVULA0
近畿教の人は、今月春日井市で行われる歴史シンポジュームに来なさい。
卑弥呼と争った狗奴国東海説は完全否定されるよ、森浩一先生によって。
狗奴国は肥後、邪馬台国はその北今の福岡、佐賀地域以外有り得ないこと。残念でした。

107 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:09:28 ID:LCwvsW8b0
>>105
学者の世界でも近畿説がほとんどだしなぁ

108 :(´-`).。oO ◆abcDBRIxrA :2009/11/10(火) 11:13:23 ID:ZDwc/mil0

<安本美典によれば、卑弥呼は天照大神
<邪馬台国は北九州。後に神武天皇の時代に東遷して大和朝廷になった
      ∧_∧___  
      (・∀・ ) / | <これ、豆知識な
    ⊂ へ  ∩./ .|
   i'''(_) i'''i ̄,,,,,,/
    ̄ (_)|| ̄ ̄  

箸墓古墳の埋葬者と言われている「ヤマト・トトヒ・モモソヒメ」は、4世紀中頃の人物。
卑弥呼は3世紀中頃の人物。しかも卑弥呼の墓は円墳。直径100歩、145メートル。
3世紀中ごろ、皇室の先祖は九州にいた。ちなみに神武天皇は3世紀末頃の人物。

箸墓古墳は卑弥呼の墓ではない。年代の推定が古すぎる。学者は年代推定をやり直したほうが良い。
もしも箸墓古墳が卑弥呼の墓なら、邪馬台国と大和朝廷は無関係。
        ∧_∧
      ⊂(・∀・ )つ- <これ豆知識な。 
     ///   /_/:::::/ 
     |:::|/⊂ヽ ノ |:::| /」
   / ̄ ̄旦 ̄ ̄ ̄/|
 /___________________/ | |
 | |----------|│

109 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:15:15 ID:JA9yb7ruO
恐山のイタコをなぜ使わん?


110 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:18:19 ID:LCwvsW8b0
>箸墓古墳は卑弥呼の墓ではない。年代の推定が古すぎる。学者は年代推定をやり直したほうが良い。

根拠無し乙

111 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:25:43 ID:w70hnfwg0
当時のクニって土地に根付いたもんじゃなくて王様とか酋長とかのキャンピングカーみたいなもんで
王様と一緒に日本国内ヒョロヒョロ移動してたんじゃないかなあ。
古事記のイザナギがそんな感じ。
魏志倭人伝の頃は畿内に居たかも知らんけどその前は九州(高天原)だったり?

112 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:33:05 ID:vcKgVULA0
九州のことしか書いてないのに、何故近畿が出てくるの???
まるでミンスみたいな思考だな。

113 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:35:39 ID:LCwvsW8b0
>>112
えっ?
>討論を受けて、シンポは在野の研究者の発表に移り、「日田−吉野ケ里説」を唱える井上修一氏
>(大阪府)、「宇佐説」の鷲崎弘朋氏(東京都)、「畿内説」の矢野壽一氏(筑紫野市)、「筑後説」の
>福嶋正日子氏(久留米市)が熱く自説を展開した。

114 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:36:24 ID:qi3r6eMl0
九州のどこかであれば
短里で解釈すればおわる。

畿内であれば、方向を変更する根拠と
同じ方向にある出雲や吉備、あるいは中部、関東
の中から畿内である根拠を証明しなければならない。

115 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:39:47 ID:LCwvsW8b0
>>114
http://yamatai.cside.com/tousennsetu/image/konitu.png

116 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:41:51 ID:1Fecx8JI0
「邪馬台国自体なかった」で論戦終了

117 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:43:04 ID:LCwvsW8b0
隋書にちゃんと書いてあるのに抵抗しても無駄。

118 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:44:32 ID:orcW8hpx0
ここの博物館でかいよな。さすが国立だとおもた。

119 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:44:36 ID:qi3r6eMl0
箸墓古墳も候補のひとつではある。
だが、同程度の遺跡は西日本から九州の各地にある遺跡と比べて
突出しているものではない。

以外と関東にも注目される遺跡は多い

120 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:47:43 ID:zSbfcng6O
飯塚の麻生邸が古墳っぽいんだよな

121 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:47:46 ID:8B56gv4p0
近畿でほぼ確定なのに未だに九州と入っている奴は
リニアで未だにBルートだとごねる長野県と同じ。

122 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:49:46 ID:7VC3x/4h0
安彦良和の『ナムジ』では九州だったので九州に決定。

123 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:55:11 ID:wBzZBeUQ0
>>108
いまどき安本美典の名前を自慢みたいに上げてる時点で、お前の知能レベルが知れるわ。
古田武彦の揚げ足とりやってたときが人生のピークのオッサンだろ。

124 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:55:30 ID:xVVA5t+gO
邪馬台国の東北八幡平説は面白いよな




トンデモすぎて

125 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:56:02 ID:867Av54ZO
近畿は歴史的な遺産や国宝がいっぱいあるんだから
山大国くらい九州に譲ればいいのに。

126 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:57:38 ID:1Fecx8JI0
筑後説唱えてる人って女性と思ったが、「正日子」と書いて
「まさひこ」と読めた自分を褒めてあげたい

127 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 11:57:47 ID:PDCt0QdkO
どこでもいいよ
日本国が危機って時に邪馬台国言うてる場合かと

128 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 12:00:09 ID:HIp5jksU0
太宰府の弥生時代の遺跡の出土量はものすごい
近くにも金の隈とか板付とか、余所の遺跡がかすむような
ところがいくらでもある。
邪馬台国かどうかは知らないが、かなり巨大な勢力と
都市が存在していたのは確実。

太宰府は断じて8世紀以降の遺跡だけではない。
というより何らかの王都だと思うんだが。

129 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 12:00:26 ID:sh5b+o7RO
だ・か・ら
町おこしはやめれっちゃ

130 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 12:01:13 ID:S62BegbM0
間をとって島根県。

131 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 12:02:14 ID:MgFiVdi30
箸墓掘ればわかるよ。
保守政権から左翼政権になったことだし、発掘許可出せば良いのに。

132 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 12:04:45 ID:BhO6o5wD0
内藤さん白鳥さん

133 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 13:00:43 ID:8Mod3JNw0
日本の王室の起源はおそらく扶余族
それに加羅の文化が混ざった形で日本で誕生した

http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1253798127/l50x
【韓国】 地名や姓氏から神の名に至るまで、古代韓国と縁がないものがない日本〜イ・ナムギョの日本語源流散歩


134 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 13:05:04 ID:8Mod3JNw0
しかし日本の神話や古代文献には朝鮮半島(韓国)関連を示唆する
事柄があまりにも多すぎる

神社にも朝鮮半島由来の伝説がたくさんある


「倭」の始まりは「弁韓」「馬韓」の小国の集まりが九州に移民をしたのが始まり。
その後、「馬韓」は「百済」となり、家族付き合いを続けており、
最終的に「百済」消滅後、「倭」と統合し、現在の「日本」となる。
「朱蒙(チュモン)」は日本の歴史番組でもある。 卑弥呼はプヨから派遣された巫女。

大和王朝 … 扶余系高句麗人の騎馬軍団(蘇我氏など)が日本に来て倭国に王朝を建てたのが始まり

第四代新羅王「脱解尼師今」の血筋が継体天皇。
つまり今の天皇は高句麗、百済、新羅の三国の王家の血を引く王様と言う事だろう。
蘇我氏の努力だろう。

「白村江の戦い」以降の武蔵(東京)での朝鮮半島からの移民の歴史
●666年(天智5年)……「百済人男女約2000人東国移住」
●684年(天武13年)……「百済人僧尼以下23人を武蔵國へ移す」
●687年(持統元年)……「高麗人56人を常陸國、新羅人14人を下野國へ移住」「高麗の僧侶を含む22人を武蔵國へ移住」
●716年(霊亀2年)……高麗郡の設置(駿河・甲斐・相模・上総・下総・常陸・下野七カ国の高麗人1779人を武蔵國に移す)
●733年(天平5年)……「埼玉郡の新羅人徳師ら53人に金姓を与える」
●758年(天平宝字2年)……新羅郡の設置(日本に帰化した新羅の僧32人、尼2人、男19人、女21人を武蔵國に移住)
●760年(天平宝字4年)……「新羅人131人を武蔵の地へ移り住む」



135 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 13:08:27 ID:HIp5jksU0
今の火病民族と別の民族なら問題ない。
任那日本府みたいなモノもあったんだし
>134全てではないにせよ、つながりがあってもおかしくはない。

ちょっとこわいが

136 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 13:12:06 ID:UnxE5ZwuO
>102
おまたせ

三国志史記の新羅本紀、紀元173年のことだって

三国志の記述と60年くらいずれてる

137 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 14:05:57 ID:LCwvsW8b0
>>134
>「倭」の始まりは「弁韓」「馬韓」の小国の集まりが九州に移民をしたのが始まり。
これのソース。つーかそんな時代よりずっと前から倭人は居るのだが。

>「朱蒙(チュモン)」は日本の歴史番組でもある。 卑弥呼はプヨから派遣された巫女。嘘付け
何が日本の歴史番組だ。韓国ドラマだろが。

>第四代新羅王「脱解尼師今」の血筋が継体天皇。
違う違う。逆。脱解尼師今自体が倭国の丹波国からきた。新羅建国した昔氏が倭人。初代からの三家の宰相も倭人。

>>136
トンクス 確認した



138 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 14:07:35 ID:LCwvsW8b0
14年 倭人が兵船百余隻で海辺に侵入。
57年 4代王「脱解尼師今(一云吐解)立。時年六十二。姓昔。妃阿孝夫人。脱解本多婆那國所生。
其國在倭國東北一千里」脱解は多婆那国(丹波国)で生まれ、その国は倭国東北一千里にあり。
(新羅本紀)


139 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 14:14:34 ID:LCwvsW8b0
電波韓国ドラマ朱蒙のもととなった三国遺事とは?


『三国遺事』(さんごくいじ)は、13世紀末に高麗の高僧一然(1206年 - 1289年)によって書か
れた私撰の史書。大部分の撰述の時期は1270年代後半から1280年代中頃であり、一然の没
後に弟子の無極(宝鑑国師の混丘)が補筆・署名し、刊行されたと見られる。

朝鮮半島における現存最古の史書である『三国史記』(1145年完成)に次ぐ古文献ではあるが、
由来の怪しい古書を引用するなど、史書としての問題点は少なくない。しかし、三国時代及び
それ以前の朝鮮半島の歴史を記した資料は極めて乏しいということもあって、『三国史記』と並
んで朝鮮半島古代史の基本文献として扱われている


>由来の怪しい古書を引用するなど、史書としての問題点は少なくない
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%9B%BD%E9%81%BA%E4%BA%8B
十三世紀につくられ、壇君とかが魏書から引用したというものの実際に魏書の原文にはのっていないという
怪しいおとぎ話


140 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 14:22:57 ID:KR8KRnoGO
>>134
卑弥呼がプヨから派遣された?
いいかげんな電波とばすなよ。

141 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 14:27:47 ID:IVaD+2I00
つい数週間前、似たようなスレを見たような

142 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 15:08:07 ID:mMaKMyVH0
・武器は九州と出雲で、畿内からはほとんど出ない →畿内は九州出雲の植民地
・畿内の古墳が無駄にでかい →畿内の力を落とすための公共事業

143 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 15:12:33 ID:wZJ8idkQO
日本神話には海洋系のものもあり、海幸山幸が代表的である
この神話は江南との交流を示唆しているのではとの見方もある

144 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 15:12:59 ID:G6salw0C0
もう九州説なんて九州人ぐらいしか相手にしてないだろ

145 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 15:13:30 ID:TYXEllq/0
九州の朝倉周辺だろ

146 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 15:14:13 ID:uJ+r2oT6O
どうでもいいから平壌でいいよ

147 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 15:16:33 ID:uNt4TUfs0
おれんちの近くだよ。子供のとき見たもん

148 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 15:18:17 ID:aIsjqIci0
俺近畿原人だけど九州と思うよ

149 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 15:20:19 ID:y6eZWUkM0
九州⇒近畿に移動したって考えるのが一番自然じゃないのか?
日本神話がそれを示してるじゃないか。

150 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 15:31:55 ID:LCwvsW8b0
>>142
>武器は九州と出雲で、畿内からはほとんど出ない →畿内は九州出雲の植民地
そりゃ前線だからだっぺw 働け防人w
>×畿内の古墳が無駄にでかい →○畿内に大王がいた証拠。

151 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 15:39:01 ID:mMaKMyVH0
・縄文時代は温暖化で畿内の大部分は海に沈んでいた
・後に九州から機内へ進出 →三輪様とか(ニギハヤヒ?)
・このとき九州北部の地名が機内へコピーされた
・さらに後に九州の邪馬台国(ヤマト)が畿内へ進出 →2度目の進出

つまり畿内の古墳には九州の王様が眠っていると思う

152 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 15:42:18 ID:mMaKMyVH0
>>150
>前線だから
邪馬台国はまだ統一状態じゃないぞ? 連合国の中の一つが邪馬台国。中国の資料にそうある
ならば各地域に軍隊なきゃおかしい

153 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 15:50:16 ID:T2crfz20O
大分の耶馬渓辺りやないの?直感やけど

154 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 15:53:54 ID:LCwvsW8b0
>>152
前線というのは朝鮮半島との戦いの前線だよ。

155 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 15:55:26 ID:A0jsJact0
歴史知らないアホばっかだな。学校で大和朝廷時代は奈良が中心って習ったろ。
しかも奈良の旧国名も大和。これだけヤマト国近畿の証拠が揃ってて
皇室の公式見解も近畿なのに九州とか妄想するのはやめにしろ。

156 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 15:57:32 ID:h3V4u9hNO
九州なんだよ
九州でいいじゃん
奈良には大仏あるからいいじゃん
九州でいいじゃん

157 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 15:59:16 ID:T2crfz20O
>>155 空白の四世紀知らんのか?大和朝廷が近畿にあったんは確かやけどこの間の動向がようとしてしれん。九州から畿内にその間移動してきた可能性はあるやろ、まあ仮説の域やけどな

158 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 15:59:55 ID:hSgDRr/m0
昭和天皇が奈良って言ってたのにまだもめてるのか?

159 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:03:12 ID:5mkxPdSrO
近頃、いっそ朝鮮半島にあって欲しいと切実に思う。
あれは半島と列島を混同した記述であって、日本には関係ないことだったと。

そうであれば、どれだけいいか。
クソ騒動も永遠に沙汰止みになるのに。

160 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:03:23 ID:MAwg92iT0
そういえば天皇陵も全部近畿だよな。普通に考えて近畿しかありえないんだが。
九州から死体運んで人足連れて天皇陵近畿につくるとか常識で考えたらおかしいとすぐわかりそうなもんなのに。

161 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:03:55 ID:fkIDUAGr0
この文献はこう読める、あの資料はこう解釈すべき、みたいな議論いつまでやってんだ
畿内の未調査の天皇陵調査すれば邪馬台国の位置などすぐ決着するだろうに

調査させない宮内庁も糞だが、学者しっかりしろよ
決着しちゃうと学者さんも困りますかそうですか


162 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:05:02 ID:IVaD+2I00
>>154
むしろ熊襲(句奴国?)との闘いの最前線じゃないのか

163 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:06:19 ID:Q90LlSJc0
九州説が正しいよ。都は今の福岡県にあった。
近畿にいたのはただの知事みたいな役人。DNA調査で天皇が九州人の遺伝子を持ってることは科学的に明らかになってる。

164 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:09:09 ID:T2crfz20O
何かこう決定打があったらな〜、魏史倭人伝もいい加減やしまあ宮内庁次第と言った所なのは否めん罠

165 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:09:27 ID:1waJ38o10
マキムクの遺物は中国、朝鮮、北部九州との関連が薄く、クナ国との抗争の後もない。
北部九州の抗争にかこつけて、瀬戸内の勢力により支配された入植地。支配者にとって空いた土地と奴隷民が多く、大規模な造営ができるメリットがあった。
その際、鏡を知らなかった被支配民にたいして、鏡の神威を巧妙に利用した。
しかし、政治の中心地ではない。

166 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:10:22 ID:wBzZBeUQ0
>>163
こういうレスってネタでいってるだけだと思ってたら
キチガイのマジレスだったりするのが古代史がらみのスレのすごいところ。

167 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:10:43 ID:wH/n2z5rO
なんで都が九州から畿内に移る必要があったんだよ
初めから畿内にあったとしか考えられん
アホらしくなる

168 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:13:25 ID:T2crfz20O
>>167 遷都なんか別に珍しくもない。今迄どれぐらい遷都してきたと思とんじゃい

169 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:13:51 ID:JqLiVvAI0
残念ながら九州も近畿も間違い。
神話時代の天皇家は滅んで今居る天皇は継体天皇の子孫。
つまり福井県が邪馬台国。発掘調査で福井から天皇陵らしきものが続々発見されて近年有力説になっている。

170 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:14:46 ID:HIp5jksU0
7世紀までは九州北部が主導権を握っているような痕跡がある。
普通、九州王朝と畿内勢力が入れ替わるには
猛烈かつ泥沼の戦いが起こっても良い訳だが
その形跡は多少はあるが、余りたいしたものではない。

白村江で壊滅的な打撃を受けて筑紫君薩夜麻が捕虜になったという記述がある。
筑紫君と言う以上、九州王朝の王だったのだろうか。

王が捕まれば、倭軍は壊滅に近い状態である。
その隙に畿内王朝が九州北部を征服したか、あるいは
九州王朝側が政権を明け渡したのかも知れない。


171 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:15:37 ID:IVaD+2I00
確かに継体天皇で変わってるかもしれんけど、
その時代から続いてるとしたらそれもまたすごいな

172 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:18:21 ID:JTLxd55Z0
今の感覚で九州と近畿の距離関係を捉えてるバカが多いな。
道路もないし交通機関もない時代に九州から近畿に移るのがどれだけ大変かわかってるのか?
何年か前東大で集団移動のシミュレーションしたときは移動時間は18年、生存率は2%という数字が出た。
途中で地元民の襲撃を受けるとさらに時間がかかり生存率も下がる。結論としてはありえない。
最初から近畿というのが史学では常識。

173 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:22:10 ID:orOrlNflO
邪馬台国自体あったかどうか微妙なのに。

174 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:48:06 ID:LCwvsW8b0
継体天皇は父は応神天皇の五世の孫で母は垂仁天皇の七世の孫で振媛。



175 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:51:25 ID:Z+EncfjZ0
>>174
それは無理矢理つなげただけで嘘ってことは誰でも知ってる常識。
正当性を持たせるための方便だよ。武士が源氏の子孫とか平氏の子孫とか僭称するのと同レベル。

176 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:52:51 ID:LCwvsW8b0
>>175
証明してみなよ

177 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:55:08 ID:ITyienA70
何代も続けて100歳とか500歳とか生きてる天皇の5代目とか言われても説得力ないだろ。
どう考えても神話の世界の話。

178 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 16:58:59 ID:LCwvsW8b0
顕宗天皇あたりから年齢そんなにもひどくないぜ?継体天皇が越前、近江地方あたりの
勢力で帝位を簒奪したというのはあくまでも説

179 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 17:05:54 ID:y6eZWUkM0
>>160
その割には棺は九州の石で作るのなw

180 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 17:08:17 ID:LCwvsW8b0
あとちょうど応神天皇あたりがキーとなってる。考古学の中期古墳時代を特徴づける鉄製の農具や
武器が存在したことが確認され、古事記や日本書紀の叙述も前代に比べ
かなり史実性が高まってくる。天皇の呼び方が簡略化されて、河内王権としての
性格も濃厚で実在性が高くなってる

181 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 17:29:19 ID:8l0h/gCzO
奈良・桜井市の遺跡で当時の宮殿跡が発見されたんだろ
もう畿内説で決まりでいいんじゃね

182 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 17:29:47 ID:IVaD+2I00
北九州勢力と近畿が争った形跡があまりないってことは
恐らく昔から親類関係か、そうでなくとも国家連合みたいな
友好関係だったってことかもな

183 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 17:38:24 ID:1waJ38o10
近畿は成り上がり者が次々押し寄せて覇を唱える場所だったが、権力が安定したのは持統あたりから。

184 :(゚д゚)ウッウー ◆XhKQgUIE/k :2009/11/10(火) 17:43:00 ID:tvnIK5HEO
これは、目玉焼き論争と同じで、今は答えが出ないから、面白いんだろ。

185 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 17:43:45 ID:LCwvsW8b0
>>183
どんな史観なんだよw

186 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 17:45:17 ID:HIp5jksU0
金印が送られている国をみてみると
やはりそれなりの規模でなければならないようだ。

最低でも九州一国か九州から西日本くらいの規模が必要。
親魏倭王もそれなりの規模だろう。

少なくとも漢の倭の奴国王は日本の代表者として
金印を授けられたと思われる。
そのころは大和朝廷系勢力は考慮する必要が無いくらいの
規模だったのだろう。

187 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 17:47:53 ID:LCwvsW8b0
>>186
倭という中の一国。


188 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 17:49:44 ID:LCwvsW8b0
「少なくとも」ってきちがいかw

189 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 17:50:34 ID:QM3Jrsx+0
最初に金印が見つかったのがたまたま九州の一小国だっただけで
金印そのものは日本向けに100以上贈られてる。そのうち近畿でザクザク見つかるでしょう。

190 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:09:51 ID:Gx8lgBLNO
畿内派の得意技「ゴットハンド」

191 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:11:01 ID:LCwvsW8b0
九州派の得意技 「利権町おこし」

192 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:11:45 ID:1waJ38o10
邪馬台国がらみにしないと研究費もつきにくいが、税金のムダ使いにならなければいいがな。
日本の研究者が中国鏡と称するものが、中国や国際学会で、認められるようにならなければならないし、
同じく印綬を受けられた西域の大月支国への贈り物との比較をしなければならない。
年輪測定も、近畿の遺物しかしない、出来ないではウリナラ考古学だ。

193 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:12:29 ID:8VuaxfpmO
もう巻向で結論出てるのにね。

194 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:14:00 ID:T/EUR4dQ0
神武天皇陵が奈良にあるから決まりだろ。
九州に誰かの墓あんの?

195 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:15:47 ID:AFdDhO/r0
そもそも魏志倭人伝などという得体の知れないものを神聖化しすぎるからおかしなことになる。
中華王朝の史伝なんて9割は偽書で、内容も自己の誇張と他国の蔑視が基本。


196 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:18:43 ID:Gx8lgBLNO
捏造が大好きな畿内説派達

197 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:22:16 ID:RxwbynRXO
巻向で卑弥呼の宮殿と見られる建物跡が出たみたいだな

198 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:24:12 ID:lAr4MCPP0
捏造???

つかこういうのってわかっちゃうとつまんないよね

199 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:25:19 ID:1waJ38o10
魏とも北部九州とも関連の薄い、ウリナラに追い出される前の元祖出雲の都。

200 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:26:11 ID:LCwvsW8b0
>>196
ウリナラ学説=九州学説。

201 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:28:30 ID:e9SK2XLGO
金印を畑に埋めて
馬鹿な百姓に掘り起こさせる
スゲー捏造クセー

202 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:29:38 ID:Zsfagh050 ?2BP(0)
南九州説ってないの?

203 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:30:55 ID:fzMB2q+y0
>>202
隼人族か?有り得んだろ

204 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:31:02 ID:nmt8YJE0O
九州で間違いない。
後は別繁栄国の問題だが、それに関しても奈良は疑わしい…
個人的には沖縄が有力だと思う。


205 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:31:57 ID:Zsfagh050 ?2BP(0)
>>194
ニニギノミコト以下三代の墓があったと記録にはある。

206 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:32:46 ID:LCwvsW8b0
>>204
根拠が言えない断定型九州人そのまんまw

207 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:32:51 ID:8Mod3JNw0
世界中,どの国の国民も自国の「建国の歴史」を明確に理解している
ただし,一国だけ例外がある. わが日本国である、日本だけは「建国の歴史」が
曖昧模糊(あいまいもこ)としている
日本という国がどのようにつくられてきたのか? ほとんどの国民が知らない、
日本にも「建国の日」があるが,神話(つくり話)上の日なので 出鱈目である
だから 「建国の日」が,賛成・反対,右派vs左派,「分裂の日」になっている

国民こぞって皆が祝える 「建国の日」 にするには,どうしたらいいのか?
それには,先ず “建国の歴史” をより明確・明瞭にする作業が必要だ
難問は,日本には “歴史のタブー” があることだ

タブーとは 「日本国は外国人(渡来人)がつくった」 ということだ
このことを,過去1400年間,日本国の支配者層はタブーにしてきた
日本古代唯一の歴史書 『日本書紀』 も,渡来人が天皇になって日本国をつくった
ことを隠すために書かれている
ところが,ご聡明な平成天皇は…,
「桓武天皇の生母は百済の武寧王の子孫である…」
と,先祖に百済人がいることを明確にされた.さらに天皇陛下は…,
「宮内庁楽部の楽師の中には,当時の移住者の子孫で,代々楽師を務め,今も折々に雅楽を演奏している人があります」
と,現在においても “渡来人の子孫” が宮内庁にいることを明らかにしておられる
 平成天皇は,御自ら 「歴史のタブー」 を解き放たれたのである
http://www.geocities.jp/o1180/more7.html#ws0211
http://www.geocities.jp/o1180/html/16kodaisi.html


208 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:34:19 ID:STREP2hGO
畿内説で

209 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:34:46 ID:nmt8YJE0O
>>206
やめとけw
まんまブーメラン野郎w


210 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:34:59 ID:LCwvsW8b0
>>207
百済滅亡は666年 桓武天皇は737生まれ。
それに記紀を信じるなら半島は倭の属国

211 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:35:29 ID:LCwvsW8b0
>>209
頭悪そうw 

212 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:36:04 ID:K2+xMVWaP
さっき関西ローカルで、纒向遺跡で新たな神殿らしき遺構が見つかったってやってた。

213 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:36:04 ID:A1/PtWlyO
いまだに国内だと思ってる人いるのに驚きだ
倭=日本っていう出発点からそもそもミスリードだよ

214 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:36:53 ID:JBpn/SBb0
>>207
不敬な奴だな、問題外だ

215 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:37:01 ID:lAr4MCPP0
畿内にもあったし、九州にもあった
でいいじゃないか

216 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:39:51 ID:Zsfagh050 ?2BP(0)
倭ってのは、南朝鮮、九州、近畿あたりまでを指す言葉ではないだろうか。
倭の時代は、関東は別の国で、南朝鮮は同じ国だったと。今の日本と
勢力範囲がだいぶ違う。

217 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:42:51 ID:LGjFa3JgO
どうでも良い話に感じてしまう
邪馬台国=奈良だと大和朝廷の始まりが早くなるから躍起になってるの??

出雲の国の事考えたら大和が邪馬台国って厳しい気もするがな〜

邪馬台国の字があちらさんの付けた当て字って考えたら大和が邪馬台国ってのもありかな〜



沖縄はあり得んし他国もあり得ん
これは流石に馬鹿としか言えん
また韓国起源説勃発か?

218 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:43:35 ID:nmt8YJE0O
畿内なんて…捏造その物だよw
聞いてるだけで笑えてくるw


219 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:46:14 ID:EZ/TAxRuO
♪今に見ていろ埴輪幻人 全滅だぁ!

220 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:46:23 ID:LCwvsW8b0
>>216
日本、南朝鮮の一部までは領土だったろうな。ただ倭人は他の人種とちゃんと区別されている

百済傳
其人雑有新羅、高麗、倭等、亦有中國人。(そこの人は新羅、高句麗、倭等が混雑しており、中国人もいる。)
百済傳
其国近倭、頗有文身者。(其の国は倭に近く、身体に刺青を施す者が頗る多い。)





221 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:49:05 ID:Zsfagh050 ?2BP(0)
ヤマタイ国の「ヤマタイ」と大和(やまと)は、やはり関係有るんだろうなあ。
九州説をとるならば、ヤマタイという地名の痕跡が、九州のどこかにあっても
不思議はないんだが… それとも東に遷ってから、ヤマトと名乗ったんだろうか
それもおかしいなあ。 魏志倭人伝のヤマタイ国が九州ならば、すなわち九州に
ヤマタイという地名が既にあったということだし。

222 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:50:42 ID:LCwvsW8b0
九州説講座

1. 短里である=北部九州に限定される。南九州死亡。
2. 東に海がある=九州東海岸に限定される。福岡、熊本、長崎ほか死亡。
 
1,2を満足するものは大分ぐらい。

3. 壱岐の南にあるマツロ国から、さらに南のほうにある。大分死亡。

結論。

すべてを満足する九州説は存在しない。

223 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:51:32 ID:Zsfagh050 ?2BP(0)
>>220
純粋の百済人という存在はいないのか。

224 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:51:58 ID:cRCjGQxG0
魏志倭人伝ってのは膨大な三国志のほんの一節、本にしたら3ページくらいの記述なんだぜ。
http://classic.music.coocan.jp/_book/furuta/gishi.htm
これがその全文。
こんだけのものであれこれ議論しても無理ってもんで、別の史料や遺跡が出ないことには、
結局イデオロギー偏向したえせ歴史学者同士の言い合いに過ぎない。

225 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:51:59 ID:nmt8YJE0O
畿内説なんて、根拠もなければ論拠にすらなってない。
そこにあるのはこじつけのみw
よって、終了。


226 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:52:39 ID:lAr4MCPP0
>>225
九州説だって似たようなもんだろ……

227 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:53:59 ID:91Uz4iuk0
ホットニュース!

■卑弥呼の宮殿? 奈良で3世紀の大型建物跡出土

(2009年11月10日17時32分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20091110-OYT1T00860.htm

 邪馬台国畿内説で最有力地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡で、女王・卑弥呼が活躍した時代とされる3世紀前半〜中頃の大型建物跡が初めて出土し、市教委が10日、発表した。

 南北19・2メートルと当時、国内最大の規模で、市教委は 「飛鳥時代以前の大王や天皇の宮などの原形とみられ、日本の国家形成過程を探るうえで貴重な発見」としている。
時代や場所などから、「ここが邪馬台国の中心で、大型建物は卑弥呼の宮殿だった可能性がある」とする研究者もおり、市教委はさらに範囲を拡大して調査を進める。

 昨年度までに出土した建物群跡の東側を調査。南北19・2メートル、東西6・2メートル以上の掘立(ほったて)柱建物跡が見つかった。
調査区の西側は後世に溝が掘られて削られているが、建物のバランスや柱穴の形状などから東西は2倍の12・4メートルだったとみている。
柱の直径は約32センチで、南北の柱の間には、床を支えたとみられる細い柱穴も見つかり、高床式の建物だったらしい。一緒に出土した土器などから時期を判断した。

 これまでの調査から、今回の大型建物跡を含め、少なくとも4棟が、柵をはさんで中軸線をそろえて左右対称で建てられて東西一列に並び、綿密な計画性がうかがえる。
現場は小高い台地を大規模に造成しており、南北約100メートル、東西約150メートルの区画があったとみられる。市教委は「整然とした規格に基づいて構築された国内最古の建物群で、弥生時代の建物とは一線を画する」としている。

 現地説明会は14、15両日午前10時〜午後3時。雨天中止。駐車場はない。JR巻向駅下車すぐ。

228 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:55:59 ID:cRCjGQxG0
三国志の中でわずかに触れてる程度の王朝、倭国というのは当時の支那から見ればその程度の
関心度しかなかったわけで、そうであれば魏志倭人伝の記述だってかなりいい加減と考えるのが
穏当だろう。

実際、距離とかを書いているけど、実際に支那からいつ誰が邪馬台国を訪問したって記録は
皆無なんだから。

229 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 18:58:35 ID:LCwvsW8b0
>>226
ID:nmt8YJE0Oの書き込み見ろよ。アホだぜ 触らない方がいいかも。

>>223
民衆は結構入り交じってるようだ。支配層は
でも、旧唐書に

其地自此為新羅及渤海靺鞨所分、百済之種遂絶。
(その(百済の)地の者は新羅及び渤海や靺鞨へ逃げ、遂に百済の種は絶滅した。)
とあるからそこからはいなくなったんだろう

230 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:01:48 ID:1waJ38o10
クナ国との間の緊張下で、滞在していなればならなかった筈だが。

231 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:02:09 ID:Zsfagh050 ?2BP(0)
>>224
>南、邪馬壹國に至る、女王の都する所、水行十日・陸行一月

邪馬台国は南の僻地にあるという印象を受けるね、この記述からすると。
なんでか、邪馬台国についてだけ、旅程の日数でもって距離を記述してるから。
イト国やマツラ国よりも遠いところにあることを示してるんじゃないの?

>>227
でかい遺跡があったからって、ヤマト朝廷のもんとは限らんぞ。

232 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:02:10 ID:LCwvsW8b0
これもいこう

3世紀前半、国内最大の建物跡 奈良・桜井市の纒向遺跡で発見

邪馬台国の有力候補地、奈良県桜井市の纒向遺跡の中心部を調査中の同市教育委員会は10日、
3世紀前半の大型建物跡を見つけたと発表した。復元すると南北長19.2メートル、東西長12.4メートルと推定され、
3世紀中ごろまでの国内の建築物では最大規模。過去の周辺の調査で見つかった複数の建物跡と方位や中心の軸線が並び、
規格に基づいて整然と建物を建ち並べた国内最古の例という。

ttp://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20091110AT5C1001810112009.html

233 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:04:18 ID:Zsfagh050 ?2BP(0)
>>229
唐新羅連合軍に負けて、ちりぢりの運命になったわけだな。

234 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:05:32 ID:LCwvsW8b0
>>233
そうそう。正確に言うと唐軍ね。

235 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:05:35 ID:dNuPOQkM0
身近に四国説を力説する奴が居てウザイ
ヲカルトを聞かされるぐらいなら、愚痴でも聞いてる方がマシだ

236 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:06:45 ID:nmt8YJE0O
距離なんて進行具合や速度によって多少違ってくる…方角に関しても直線ばかりじゃ無いので立ち位置によっては違ってくる…しかし、食べ物に関してはほぼ断定しても良い。
内陸の奈良でどうやって魚貝類を食べるんだよ?w
畿内説なんて捏造以外有り得ない。


237 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:07:27 ID:Zsfagh050 ?2BP(0)
>>232
記紀にあるニギハヤヒの住処かもな。そこをヤマト朝廷が征服して、ヤマト朝廷をうちたてたと。

238 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:10:42 ID:1waJ38o10
ようやく出雲に追いやられたオオクニヌシの都が明らかになってきた。

239 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:11:08 ID:c/iC34B2O
>>236
古代の畿内はかなり湾が深い
今とは地形が違う
山のすぐ手前に河内湖もあったはず

240 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:11:59 ID:LCwvsW8b0
>>236
それは邪馬台国一国の話ではなく、倭人社会の話。あと畿内にはいくらでも海がある

241 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:13:49 ID:V1b58Lz60
今の大阪が丸ごと湾だったことも知らないやつがいるとは、ゆとりは恐ろしい。
生駒山の麓から先は海だったんだよ。

242 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:13:52 ID:nmt8YJE0O
オマケに陸で船を使っていたのか?w
さぞや移動には時間が掛かっただろうな…w


243 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:15:15 ID:LCwvsW8b0
「難波の堀江」や、「茨田の堤」とか必死で治水工事やったんだよね

244 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:16:01 ID:Zsfagh050 ?2BP(0)
イト国やマツラ国って、全部九州にあった国なんでしょ? じゃあヤマタイ国の九州って話にならんの?

245 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:17:13 ID:S62BegbM0
魏志倭人伝に適当な事を書いた奴出て来い。

マルコポーロも同罪じゃ。

246 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:23:36 ID:tL0bRUES0
>>136
そんな歴史書存在しないな、原文だしてみな。

247 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:24:56 ID:vcKgVULA0
>>227
またまた先に言ったもん勝ちの畿内説か。 深い堀と柵を見つけてから言えよ。

248 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:25:01 ID:Zsfagh050 ?2BP(0)
それでマツラ国というのは、肥前のことなんだろうかね? 誰かおせーて。

249 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:30:11 ID:YQ7OXDj9O

そんな国、ハナから存在しない。

日本は開闢以来『大和の国』だった。
いつまでもチャンコロの旅行ガイドなんざ盲信すんなよバカ日本人。

250 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:32:20 ID:k28yBryeO
>>240
邪馬台国の風習というか風俗って、大和系のイメージと比べて
なんかえらい野蛮な印象があるんだが畿内も昔はそんなだったの?

刺青だのなんだの、大和どころか九州すら縁が遠そうな
南洋系海洋民族かお前らみたいな風俗だったような印象があるんだが。


251 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:32:57 ID:LCwvsW8b0
>>81
畿内で決まりだな。

252 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:33:54 ID:UV9m9ZNj0
>>231
>でかい遺跡があったからって、ヤマト朝廷のもんとは限らんぞ。

魏より金印をもらってるので、邪馬台国は東夷の中ではそれなりの国力のある国であったはずで、
小国ではなかったと思う。

253 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 19:35:44 ID:LCwvsW8b0
>>246
使者は出してるけど朝貢じゃない
二十年夏五月。倭女王卑彌乎。遣使来聘

254 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 20:51:49 ID:Zsfagh050 ?2BP(0)
>>252
まあ、倭人伝にも、イト国は皆女王に服属していると書いてあって、他の諸々の国もみな官を
たてているが、王をなのっているのは女王だけだしね。それで女王は邪馬台国に都していたと
いうから、数多くの弱小国を邪馬台国が支配していたことは間違い有るまい。

255 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 20:59:54 ID:91Uz4iuk0
テストage

256 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 21:15:02 ID:atz68hAy0
マキムクの遺物は、従来山陰、北陸、東海と関連が深かったが、これから魏や朝鮮半島や北部九州とのつながりをどの程度明らかに出来るかだな。
むしろ、国つ神として伝承されていた、元祖出雲の都だったと思うけどね。


257 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 21:25:29 ID:I8jhVfV/0
邪馬台国論争してるスレ・サガミハラハラが活躍してます
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1255870802/

258 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 21:29:07 ID:VltJ200Y0
出雲使って朝鮮人が都合のいい捏造書きそうだな。気分悪い

259 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 21:30:51 ID:54IbYfT10
ってゆーか今でも九州説なんて言ってるのは学問を馬鹿にしてるだろ?


260 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 21:34:24 ID:I8jhVfV/0
4人の演説者で誰がうまかった?

261 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 21:41:09 ID:HT7buZYC0
畿内説の人が記紀との整合性や遺跡との関連性、遺物との関連性で一番説得力あった。
吉野ケ里説の人はもう歴史学とは関係ない空想小説の世界に入り込んでて完全に浮いてたな。
宇佐説、筑後説の人は頑張ってたがいかんせん記紀との整合性の説明が苦しかった。
点数つけるなら畿内10:宇佐3:筑後2吉野ヶ里0ってとこだな。

262 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 21:41:54 ID:atz68hAy0
オオクニヌシ系を抹殺しようとするのがナラ人。

263 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 21:43:44 ID:VltJ200Y0
NHKきたぜ

264 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 21:45:19 ID:VW0Vvgzx0
マジレス
邪馬台国は九州で生まれて、東征しました。
ゆえに、九州も邪馬台国、近畿も邪馬台国です。
以上。

265 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 21:49:55 ID:bIOSJx+D0
>>253
三国志史記なんて歴史書は無い。

266 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 21:51:52 ID:dxMoGU3j0
>>175
>それは無理矢理つなげただけで嘘ってことは誰でも知ってる常識。
正当性を持たせるための方便だよ。

それはお前が現代人だから考える「常識」なんだよ。
継体天皇簒奪説は権力者の構成から考えて現代では否定されてる。
日本の歴史でも北条や足利、新田が源平の出身であることを否定するやつはいない。
それをより後の時代の経歴詐称ばかりの戦国時代とかを思い浮かべて変な物語を描いてるだけ。

267 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 21:53:53 ID:VltJ200Y0
>>265
なるほど、そういう意味ね

268 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 22:02:52 ID:EAG8GeDoO
>>264
半分は支持する。
ではそもそも誰が東征したのかとなるが
奈良と九州の自然環境を考えると
大陸移民が奈良に移動したと思われる。
移動経路は、地名相似という状況証拠から推察できる。
記紀みても、製作サイドが海洋民族や狩猟民族を蛮族として
扱っていたし。
つまり、大陸移民が九州で邪馬台国を吸収もしくは滅亡させ
大和に新国家を作ったというのが正しい。

269 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 22:06:10 ID:NsnMl5iKO

そろそろ 邪馬台国は 韓国に あった !とか いう馬鹿出てきそう。

270 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 22:11:33 ID:atz68hAy0
親魏勢力が北九州にへばりついているうちに、公孫淵の残党が出雲勢力を屈服させ、ヤマトをせしめた。


271 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 22:13:19 ID:VltJ200Y0
>>266
大伴金村、物部馬飼首荒籠、第27代 安閑天皇許勢男人大臣が入って、
さらに仁賢天皇の皇女で武烈天皇の妹に当たる手白川皇女を皇后
にしたもんね。歴代の大連と先代の重臣が担いでるのに簒奪はあり得ない。
>>269
あんたの上あたりに変なのがいるよ。ソースと理屈の説得力のなさ過ぎに笑うけど。

272 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 22:50:14 ID:k29QUVmh0
>>7
女だとかっこわるいから、男っていっちゃったんだろ。

273 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 23:08:49 ID:H8IMhaql0
>>271
>歴代の大連と先代の重臣が担いでるのに簒奪はあり得ない。

同意。
最低限の知能が備わっていれば、王朝交代なんて発想さえ出てこない。

戦後は「天皇が万世一系ではない。」という反皇国史観に大きく振れたから、
この手のトンデモがもてはやされた。

274 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 23:10:06 ID:b5eqyQOk0
釜山説が出てくる予感。

275 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 23:15:27 ID:9quAD/mg0
邪馬台国の首都は、実は台湾にあるかもしれん。台湾の台も一致してるだろ。
正式には大和台国。

邪という文字が充てられたのは中華思想のあらわれ。
卑弥呼は姫命で本当の名前はわからない。

276 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 23:31:37 ID:L1oGzgBFO
考古学的発見からもう畿内で結論でているのでは?
大陸の先進文化に九州が地理的に近いからなんて、
海を渡れば日本海は若狭あたりまで直ぐ近くなのは北九州となんにもかわらない。
畿内より九州が先進地域だったなんて根拠無し。

277 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 23:37:03 ID:O6exX8o10
日本書紀に引用されている百済記とかが残っていればもっといろいろわかるんだろうに... どっかから木簡が大量に出土したりしないのかね。無念。

278 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 23:42:19 ID:tCwDyLj30
てっきり韓国起源説関係のレスで埋まってるかと思ったけど、お前ら普通に歴史の話してるのなw
お前らみたいなまともな連中にニュー速は似合わないぜw

279 :名無しさん@十周年:2009/11/10(火) 23:55:47 ID:B/18Urrj0
継体王朝交代説はないと思う。
現代人なら何ということはないが、祖先崇拝によって結ばれてる古代人にとって、
自らの氏神を他家の氏神で置き換えることは恐れ多く非常識なことであったはずである。
もしも継体天皇が天孫系王朝を放逐したのなら、自分たちの氏神を捨てて
天孫族になりすますという方式は採らず、天孫族と大国主との間で行われたという
国譲りという虚構をデッチ上げたはずである。

280 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 00:34:00 ID:GWWjDfLW0
革命思想を持たないのが中韓との違いだったようだが、はたして不比等−持統以前もそうだったのかはわからない。

281 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 00:39:38 ID:GisiVh4jP
>>27
大谷吉継の怨霊に祟られて死んでくだされ

282 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 00:42:05 ID:GisiVh4jP
なんでもいいけど重いから何とかしてよね
規制とか勝手にシコってよね

283 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 00:52:10 ID:rSjq/LPg0
ほしゅほしゅ

284 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 00:54:24 ID:GWWjDfLW0
国王より上の天命により王朝は変わるものたが、日本の場合はいつしか、国王と天を結合固定する操作を行い、他に実権者を組み込んだ。

285 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 00:54:53 ID:yyaX7lnz0
近畿とか言ってる奴はほえづらかくなよ

286 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 00:55:11 ID:J3gM0OH0O
結論
邪馬台国は畿内

287 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 01:59:27 ID:t0Ko7CI2O
本居宣長が
日本の皇室が中国の王朝に朝貢するなどありえない
と言っている
だから邪馬台国があったのは九州で卑弥呼はクマソの女王
邪馬台国が大和朝廷と同一だったら
皇室が万世一系でない可能性も出て来るしな

288 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 02:01:19 ID:FSrEEVEkO
奈良で決着ついたのにまだ諦められない奴がいるのか

289 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 02:08:08 ID:t0Ko7CI2O
>>288
皇室の威光を守るためには九州じゃないと困るんだよ
本居宣長が唱えた
卑弥呼は神功皇后の名をかたったクマソの女酋長
この結論が一番よい

290 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 02:08:52 ID:k6GJBEulO
>>288 だから伝播経路が問題なのよ、大和朝廷と邪馬台国の結接点が明解になれば空白の四世紀の謎が解明されるかも知れんしな。箸墓ももっと調査を本格的になれば日本史がより充実するが宮内庁が及び腰なのが何とも間怠っこしいが

291 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 02:15:50 ID:OpaTrh4rO
四国が抜けてるよ。
まあ、過去なんか興味ねえよ。

292 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 03:40:03 ID:FriSqGZvO
>>290
何で詳しく調べて発表出来ないかというと、
半島との関連性にも触れないといけなくなるからだよ。
よく言われる皇室が半島の出自だという問題だが、
これは突き詰めると倭人は半島にも住んでいて、
土地を治めてた事を主張しなければいけないからな。

更に新羅国は倭人が建国したという話にまで及ぶ可能性もある。
下手に公式見解なんて出せないんだよ。

293 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 09:51:06 ID:fAzz465K0
天皇は名前とうり天から来た宇宙人


294 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 09:56:18 ID:EY+cI/JzO
九州は遺跡がショボいのしか出ないからなあ。候補地すら決まらない。

295 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 10:08:27 ID:08e+f025P
ある学者が九州説をとなえてる理由を、とあるタウンミーティングで聞いたぞ。
学会内では畿内説で殆ど決まりみたいだったのだけど、九州説もないと良くないてので、
「○○くん、君は九州出身だったよね。それなら君が九州説をとなえなさい」
その人は畿内だと思ってたけど、九州説になったとか。

296 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 10:17:07 ID:EY+cI/JzO
>>295決着つかないほうが永く商売できる。八百長だったのか。

297 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 10:17:25 ID:+qpF1NnaO
こんなしょうもないことどうでもいいがなw

298 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 10:24:09 ID:at1f53hR0
俺は別にどこでもいいじゃん説を唱える。

299 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 10:39:09 ID:+iuNO7EcO
支那王朝には支那王朝の建前があり大和朝廷には大和朝廷の建前がある
倭の五王にしても、東シナ海から東は俺のものと言ってきている
当時は漢文世界では支那皇帝に同格を求めるスタイルは無いから、倭王の権利の主張は将軍位の公認の要請になっている
倭の支配下の百済は倭の使節が行くその前に南朝に朝貢したから、支那王朝は倭の言い分は認められない
認めたら支那皇帝と倭王は同格になる
支那王朝の建前上、倭王は皇帝より低位でなければならない
お互いの建前の話だとしとけば、皇室の威光に支障はなかろう

300 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 10:44:51 ID:+iuNO7EcO
>>287
卑弥呼とは別に邪馬台国には「官」がいた
卑弥呼を倭王として封じた為、他の王は卑弥呼に仕える「官」と表記された
支那王朝の冊封は個人に対してされる
支那王朝の建前と倭国の内実はイコールではない

301 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 10:56:35 ID:HPMr1x3m0
まぁ邪馬台国が九州にあったか畿内にあったかはともかくとして・・・
いろんな資料見てると、卑弥呼以前から白村江の戦いの時代まで、
かなり頻繁に朝鮮半島南部や中国大陸と行ったり来たりしてたみたいなんだよな
その後も松浦水軍だの和冦だのあるし、どっちにしろ大昔から海洋民族だったんだろう
航海の技術をどこから得たのかは知らんけど。

どっちにしろ、そんな人達だったら九州から穏やかな瀬戸内海通って畿内と行き来するくらい
楽勝だったんだろうな

302 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 11:02:11 ID:Ux2kH1De0
>301
逆に遣唐使遣隋使の時は、大船団を出しておきながらトラブル続出
それまでの海洋渡航がウソみたいに駄目になる。

玄界灘で鍛えられた海の民の技術が途切れたようにみえる。

政権が変わって、瀬戸内海民が玄界灘に乗り出してきたのではないか

303 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 11:17:11 ID:m34UxsVo0
北九州発祥のローカル企業が大きくなって本社を大和に移したって言う感じなんだろ

304 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 12:00:01 ID:cyTbvvSX0
卑弥呼タンが黒髪ロングの美少女10歳〜14歳というのはホントなの?

305 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 12:03:08 ID:Ux2kH1De0
>304

卑弥呼は年すでに長大
美少女はトヨたん

もっとも長大と言うのは成年という意味もあるらしいから
18〜22くらいの美女である可能性も無いわけではない

306 ::2009/11/11(水) 12:36:32 ID:QdCI8FZqO
卑弥呼&弟を、アマテラスとスサノオ姉弟に当てるヒトもいるな。

307 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 13:17:36 ID:lx88v4Xa0
>>244
糸島、松浦って地名が残っているからねえ。


ちなみに福岡市内には下山門(しもやまと)という地名がある。
糸島半島から東へ数キロ行った場所だ。


まあ、俺は畿内説を支持するが、それはそうと、九州には福岡の香椎宮が
あるし、高千穂神社や霧島神宮などの神話に関係する神社、
八幡様の総本山宇佐八幡があったりするわけだが、これらと大和朝廷って
どんな関係があるの?

俺の中では、勝手に出雲→古い勢力、大和朝廷九州から制圧した
継体天皇以降の勢力って思ってるんだけど、実際どうなのかね?

あ、俺は単なる素人なので、優しく突っ込んでね。

308 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 13:35:31 ID:HPMr1x3m0
出雲は恐らく大陸系だとか言われていたような
大和は九州方面から優れた武器や技術を持って畿内で勢力拡大した人達
九州−畿内なんて瀬戸内海経由(または山陰海岸経由)の航海なら外洋に比べると楽ちん

309 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 13:36:06 ID:n+1gJqnL0
>>301
実際、大分の国東半島はお寺とかいっぱいあるしね。
海路を使うと、近畿〜九州はものすごく近いよね。

310 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 13:43:02 ID:GWWjDfLW0
>>308
ナラ人は嫌な物、嫌いな物は新羅系にしたがる。

311 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 14:20:31 ID:XKk/J1yNO
どう考えても九州だろ。
根拠は特にない。

312 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 16:59:13 ID:Ux2kH1De0
祓え言葉のなかの

「筑紫の日向のたちばなのおどのあはぎはらに」

の一節が、糸島の日向峠から姪浜、下山門付近の
情景を描写しているように見えて仕方がない。

日向峠、立花山、小戸の港

室見川流域だからこの辺りも遺跡の宝庫

313 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 17:27:44 ID:k6GJBEulO
>>292 白村江とかの事ね。確かにウリナラファンタジーの某国と関連性が浮上してくるといろいろ厄介だわな、あいつ等に歴史の正当性なんぞ通じんからな

314 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 17:52:05 ID:NmcE9gfT0
在日は倭国=倭人=日本人って説が困るんだよ。
新羅や百済や高句麗の前に、邪馬台国なんて物があることは許せない。
広開土王碑に書いてあるように、倭国が半島に何度も攻め込んでいるんだから
倭国=現在の日本、では困るんです。
だから、卑弥呼=韓国人なんて言い出す作家が出てくるんだよw

315 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 18:02:15 ID:NmcE9gfT0
>>292
>これは突き詰めると倭人は半島にも住んでいて、
>土地を治めてた事を主張しなければいけないからな。

そうだよ。
少なくとも、半島南部には倭人が住んでいたわけだ。
倭人文化の前方後円墳が半島南部にも多く見つかる。
ここで重要なのは、日本国内の前方後円墳は3世紀前半から造られる。
半島南部の前方後円墳は五世紀から造られた。
日本列島の前方後円墳の方が古いんだよ。ここが最重要なんだな。
大きさも日本は巨大で半島南部は小さいということ。
高句麗の広開土王碑にも、倭が海を渡って何度も攻め込んでくると
書かれている。倭人は日本列島と半島南部に住んでいたのだよ。
倭人は半島南部を支配していたのだ。
半島支配が終わるのが白村江の戦いで倭が唐と新羅の連合軍に大敗した後。

316 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 18:07:35 ID:HPMr1x3m0
>>315
>倭が海を渡って何度も攻め込んでくる
後の和冦みたいだな

317 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 18:14:37 ID:PHwDKbDe0
>>301
たしか、縄文時代から海に出てたって説があるよな。

318 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 18:15:13 ID:9wtaVpfpO
>>314
当時の朝鮮半島に今の朝鮮民族は住んでなかったんだし気にする必要無いと思うけどなw

319 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 18:16:46 ID:fNoua2faP
九州の豪族(後の皇族)が邪馬台国(奈良)の豪族(卑弥呼軍)を平伏させようと東征。
       ↓
天皇軍が勝利=全国平定。
       ↓
卑弥呼もしくは血縁者を嫁に貰う。
       ↓
大国大和を統治していた日巫女に対し最大の敬意を払って最高神格化(天照大神)。

色んな明神様の由来とか見てるとこの位が適当なのかなと妄想したい。

320 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 18:24:16 ID:Uxe/RWqA0
>>314
広開土王碑の拓本が日本陸軍の捏造説まで出してくるからな

321 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 18:27:26 ID:3e1gxpFS0
九州とか近畿とか、そんなちっぽけなことにこだわるなよ
邪馬台国は日本にあった、それでいいじゃないか


322 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 18:49:33 ID:GWWjDfLW0
その当時、邪馬台国連合が北九州で大陸、半島からの利権争いをしていたのか、
すでに、ヤマト地方が広大な支配圏を形作っていたのか
歴史観の問題だな。

323 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 19:21:52 ID:wV5hPfab0
>>312
初めて知った。

おもしろいね。
一応宮崎県のことらしいけど、実際どうなんだろうね。

例えば宮崎が先で、宮崎の地名をそのまま福岡に当てはめたとか
あるいは逆とか、そういうのあるかも。

俺はそれを読んで、福岡市のことだとてっきり思ったよ。

324 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 21:45:34 ID:Ux2kH1De0
掛けまくも畏き伊邪那岐大神、
筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に
御禊祓え給ひし時に生り座せる祓戸の大神
諸の褐事罪穢有らむおば、祓え給ひ清め給へ
と白す事を聞食せと恐み恐みも白す


どうやらイザナギの尊が黄泉から逃げ出してきて
汚れを洗い清める様を元にした歌らしい。

もし、糸島から福岡西区にかけての歌だったとしたら
黄泉の国はこの近所だろうか。

伊都国を示しているのか、雷山当たりの奥深くとか、
西方浄土のように西に対して信仰があるようだから、
唐津とかの方向を示しているのだろうか。

325 :名無しさん@十周年:2009/11/11(水) 23:56:24 ID:iC3xwojN0
http://satoumizu.net/flash/peruri3.htm
誰も貼ってないのかよ

326 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 03:51:29 ID:uKljH3yv0
聖徳太子だか蘇我入鹿だかが歴史の本燃やしちゃったからややこしくなったんだっけ?

327 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 04:00:59 ID:vsy0QCn4O





















328 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 04:03:43 ID:Ywas7ene0
>>108 :(´-`).。oO ◆abcDBRIxrA

毎度毎度必死だけど、いまどき、誰も安本なんて相手にしてないよ。

残念だなあ。


329 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 07:45:52 ID:CKbZUf9n0
,

330 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 08:34:02 ID:5XW2QRzk0
>>327
ワロタwwwwwwwwwwwwwwwww

331 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 10:29:30 ID:7cVDsOUK0
>倭人は日本列島と半島南部に住んでいたのだよ。倭人は半島南部を支配していたのだ。
宋書、隋書、梁書などどれをみてもそんなことは書いてないよ。
半島南部の支配なんぞ、妄想だね。



332 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 10:33:44 ID:KGTRXMPdO
九州にあった!とかいうトンチキが出てきたから論議になったんだろ?
ごり押し捏造いくない。
やまたいこくは近畿だよ。

しかし自分の携帯にはやまたいこくって単語、辞書に入ってないのな。
おいらの携帯だけ?

333 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 10:35:31 ID:mBDZKB7q0
民主党政権が、メデアの煽動によって誕生した様に
畿内説も、メデアの煽動によって情弱を洗脳した結果である。
近畿の前方後円古墳の起源は、近畿にはない。九州・宮崎の西都原古墳群が起源
である。九州で、前方後円墳を築いた勢力が、AD250前後に東征し奈良に
前方後円墳のセカンドセンターを築いたパワーの象徴が箸墓古墳である。

334 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 10:43:00 ID:NbUR2vM/0
魏志倭人伝なんて、しょせん東京の学生が修学旅行で行った京都の感想文の様なもんだろ
距離感も、広大な中国住んでいた人間からすりゃ日本なんて九州も近畿も変わらんだろうしな

335 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 10:58:43 ID:qUj48uHn0
>>333
一番古い前方後円墳なら徳島にあるけど。

336 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 13:19:45 ID:Fa3yTr+z0
宮崎の古墳群の密集度と古墳の形式は
福岡佐賀筑後とは異質なんだよね。

熊本もちょっと異質

前方後円墳で日向と畿内は繋がっているんじゃないかと思う。
けれど福岡とは繋がっていない。古い古墳には前方後円墳は殆ど無い。

ここで思い出されるのが日向降臨と宇佐神託事件。
大和朝廷は九州東部には敬意を払っているように見える。

福岡佐賀に対しては磐井をたたきつぶし、糟屋の屯倉を占領など
敵扱い。

337 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 13:22:22 ID:PX4Hnv/30
>討論を受けて、シンポは在野の研究者の発表に移り、「日田−吉野ケ里説」を唱える
>井上修一氏(大阪府)、「宇佐説」の鷲崎弘朋氏(東京都)、「畿内説」の矢野壽一氏(筑紫野市)、
>「筑後説」の福嶋正日子氏(久留米市)が熱く自説を展開した。

47都道府県全てに、うちこそが邪馬台国の存在地だっていう電波系が存在するんだよな

338 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 13:31:03 ID:nK9TVviQO
>>336
瀬戸内海組と日本海組で微妙に別れてるのだろう。

339 :名無しさん@十周年:2009/11/12(木) 16:33:48 ID:V4H/S2AjO
>>4
嘘つけW九州人が北九州出身なんて言わねーよ、バーカ

340 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 00:30:57 ID:OTB4RSEP0
実は九州人も畿内説支持してるんでしょ
一部の奴らがうぜえから九州説につきあってるだけでしょ

341 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 12:33:27 ID:2/CS8V3v0
畿内説はマキムクで一本化されてきたけど九州説は候補地がバラバラなんだよな
この九州人のバラバラさ加減が古代でも大和に天下を奪われた原因なんだろう

342 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 13:15:48 ID:TWmP8diV0
マキムクが違ったら全滅するぜ

343 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 13:39:39 ID:TrM3qq20P
>>14
邪馬臺 とか 邪馬壱 とか色々な文字で表されているが
邪馬台国の「台」の字は下のような文字の当て字。

  ━━╋━━
    ━┻━
 ┏━━━━━┓
   ━━━━
   ┏━━┓
   ┣━━┫
  ━┻━━┻━

>>14 の言うように「ヤマトゥ」と読むらしい。

344 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 16:32:09 ID:DcpfC7fP0
淡路島じゃ=〜ないの?

345 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:28:35 ID:8U5Btyjv0
ココに書いたから読んで
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1255870802/l50

346 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:29:50 ID:Cwq7akKH0
>>345
マルチすんな。

347 :名無しさん@十周年:2009/11/13(金) 19:30:21 ID:wFIoWFcE0
ジオンの残党みたいな連中だろ。

348 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 00:40:02 ID:yS4ciufLO
それは九州説のやつにいってやって

349 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 00:44:30 ID:D+qPJLuFO
まあどっちもどっちだな
畿内にも九州にもどこにも証拠は出てきてないんだから
個人的には九州の可能性の方が高いんだろうと思うけど

350 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 00:52:54 ID:7X/BCc0gO
>>349
九州の場合は証拠以前の問題ですが。
畿内巻向の場合は少なくとも可能性の高い候補地や墓、
今回の宮殿らしき跡、卑弥呼に比定出来る人物までありますよ。

351 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 00:57:24 ID:brzYbRsXP
畿内説の場合、出雲をスルーしてることにはどう説明つけるの。
あくまで山陰の国であり、瀬戸内海側に影響力はなかったというのか。

352 :批評テラシマ:2009/11/14(土) 00:58:24 ID:IQI3xN+WO
魏志に記されていたというだけで、それ以外に伝聞がないから怪しいんだよな
耶馬台国もここまで探してないんだから、日本の国土にはないと思う
もしかしたら瀬戸内海あたりの海底に沈んでるかもな

353 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 00:58:26 ID:D+qPJLuFO
>>350
それぜんぜん証拠になってないからw


354 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 01:01:01 ID:z+oWzr4L0
5000年くらい前なら、日本語わかるかもね。

355 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 01:07:40 ID:Vq/hto6s0
>>351
普通に説明がつくでしょう?
律令制度でも出雲の国だけは特別扱いでした。
これは太古の昔に何か大きな功績があったからですよ。
神武帝の東征の時に出雲は国を譲った(同盟ないしは降伏)したわけです。
おそらくこの神話が語る功績が出雲の特別扱いにつながるのでしょうね。
遡ると天照大神勢力は血縁者のスサノオ勢力と争ってました。
これは卑弥呼勢力とその身内の相続争いでしょうね。
そして南北朝時代のように太古の昔も倭国がふたつに割れたのでしょう。
そして卑弥呼勢力は九州へと落ち延び再起をはかりました。
神話では天照大神がスサノオを追放したことになっていますがコレは勝者側の記録なので体裁を整えるためにこう描かれているのでしょう。
そしてスサノオ勢力は出雲とも姻戚関係を結び支配下ないしは同盟関係においた。
かたや鉄器先進地域の九州を抑えた卑弥呼勢力は神武帝を総大将に故地奪回の東征を計画。
そして出雲の寝返りとつながります。

356 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 01:09:35 ID:CtSHqbLI0
>>351
出雲をスルーしてるのは、九州説だろ。

出雲は朝鮮半島と交易してたのだから、
倭人伝に出雲の地名が出てくるはず。
だが、九州説の人は、倭人伝の地名は、みな九州の中だけの地名だと言う。


357 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 01:09:48 ID:dNaIW2L6P
「九州」じゃ漠然としすぎているので
せめてここってまとめていただきたいのですが

358 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 01:11:15 ID:FVngLBMW0
九州も頑張ってますね。
お互い最後まで戦いましょう。 by長野

359 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 01:11:22 ID:7X/BCc0gO
>>351
畿内説の場合は出雲を投馬に比定する人が多いですよ。
むしろ九州説の方が、九州島内で完結させる人が大半で、
軽視してる人が多いと思いますが。

>>353
そうして反論は出来るでしょ?
証拠すら出せないので反論のしようもない、それが九州説ですよw



360 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 01:20:04 ID:FMnqidCVO
関氏も言っているが今の天皇家は朝鮮王族からやってきたんだろ
関氏の本にクーデターで本来の統治者を殺しフン書で証拠を消し去ったと書いてあったな
日本は血税で朝鮮王族を囲っているのか?
宮内庁は重要遺跡を公開しないらしいがそこに大量の証拠が残っているのか?

361 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 01:23:20 ID:brzYbRsXP
投馬国って、邪馬台国の南じゃなかったっけ。
出雲の北に何があるってのさ。
私が言いたいのは、壱岐伊都あたりまでは確定としても、
その後の畿内までの距離や旅程があまりにも過疎すぎやしないかってことだよ。

362 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 01:25:01 ID:FMnqidCVO
フン書のレベルとしては日本が最大級だよな
乗っ取り側の資料しか存続が許されなかったとは相当残忍な乗っ取りが行われたんだろうな

363 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 01:30:16 ID:7X/BCc0gO
>>361
投馬国が邪馬台国の南なんて何処にも書いてませんよ。

364 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 01:32:06 ID:FMnqidCVO
>>126
ジョンイル子と読めなかったお前に失望

365 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 01:56:33 ID:UX7xp83kO
>>356
ホントにそうだね。
対馬、壱岐、投馬(ズモ=出雲)、邪馬台(大和)で極めて自然だ。

九州説は吉野ヶ里を邪馬台だとかさ。ヨシノガリをどうやったらヤマトとかヤマタイとか読めるのかさ。
対馬、壱岐と今でも地名は変わらないんだから邪馬台もそんなに変わるはずない。

366 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 01:59:51 ID:FMnqidCVO
たしかに大国主命の都かもな

367 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 02:01:43 ID:IMp4KYLUO
>>355
うん、俺もこれだな

368 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 02:06:26 ID:UX7xp83kO
対馬、壱岐ときたら九州にヤマトとかヤマタイとかの地名がなきゃおかしい。山門にも耶麻渓にもそんな遺跡はカケラもないんだろ。
対馬、壱岐、投馬(ズモ=出雲)、大和で自然極めてだな。


369 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 02:09:58 ID:tg8If5t7O
>>368
九州にもヤマトって地名があるって上の方に書いてた

370 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 02:30:15 ID:CtSHqbLI0
>>360

そんな作り話信じるなよ。
頭悪すぎるぞ。



371 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 02:33:23 ID:FMnqidCVO
中大兄、中臣だろ
フン書あったの知らない?
有力豪族の系譜も没収という徹底ぶり

372 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 02:33:50 ID:4mbc+UQiO
>>368
バカか。
伊都と松浦外して航路語るなっつーの。

373 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 02:42:09 ID:WMj9odsP0
>>369
じゃあそのヤマト掘れよ
何も出ないだろうけど

374 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 02:47:15 ID:lVbKobRKO
安本美典 最強!

375 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 02:54:47 ID:gyiyUuOs0
とりあえず、向こうがごたごたしてて関羽やら張飛クラスが
攻めてこなくて良かったな

376 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 03:02:12 ID:4mbc+UQiO
邪馬台国は普通に考えたら大宰府やね。 都府楼=首都って事。
都府楼跡とか見ると巻向とかただのゴミ遺跡www
学者どもが無理やり平安以降の前線基地にしたがってるけど、どうみても巨大要塞に大都市。
高橋紹運の霊もうかばれねぇな〜。

377 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:03:43 ID:eXvGeqm90
>>360
証拠消し去ったからないというのはいかにもウリナラ発想だなw
もう何でもアリの世界だな

378 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:33:28 ID:eaqNs1Mr0
974 名前:名無しさん@十周年[sage] 投稿日:2009/11/11(水) 16:53:22 ID:nhfKflux0
先々月発売されたばかりの安本美典センセの畿内説粉砕本

■『 「邪馬台国=畿内説」「箸墓=卑弥呼の墓説」の虚妄を衝く!』
宝島社新書 296
安本美典著
# 新書: 221ページ
# 出版社: 宝島社
# 発売日: 2009/9/10

箸墓の出土物が放射性炭素年代測定で卑弥呼の生きた時代と一致したとの発表で、
邪馬台国畿内説がいっきに盛り上がってきました。しかし、そもそもこの発表の真偽のほどが疑わしく、
さらに考古学的な事実や文献学的な史実からかけ離れた邪馬台国畿内説には、まったく根拠がないのです。
著者は邪馬台国北九州説の立場から、「邪馬台国畿内説、箸墓=卑弥呼の陵墓説」を、舌鋒鋭く粉砕します。
http://www.amazon.co.jp/dp/4796673482

982 名前:名無しさん@十周年[sage] 投稿日:2009/11/11(水) 16:55:51 ID:PeJUohAn0
>>.974
安本美典先生は信頼できるからな。 低学歴の白石太一郎みたいなのに比べて


166 名前:名無しさん@十周年[sage] 投稿日:2009/11/14(土) 08:12:54 ID:JW762v4j0
■「卑弥呼の宮殿とは時期が違う」 吉野ケ里発掘の高島氏
纒向遺跡大田北地域の大型建物の発見について  佐賀女子短期大学 高島忠平
http://www.saga-s.co.jp/news/saga.0.1470415.article.html

379 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:35:25 ID:oaVpS2Y10
>>368
佐賀のど真ん中に「大和町」ってのがあるが。

380 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:38:57 ID:NNFjeul00
ID:7X/BCc0gO

白石太一郎並の頭だなw
奇怪な駄弁や感情論を連呼するだけで、
説得力のかけらもないw

創価学会員らしいというか、
聖教新聞の煽りを読まされてるみたいだw

こんな珍脳しかいないから、
しょせん朝鮮カルト畿内説と嘲笑されるんだろうなw


381 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 08:39:31 ID:StF6uxhs0
171 名前:名無しさん@十周年[sage] 投稿日:2009/11/14(土) 08:25:34 ID:wzX2TEQ90
神学論争の域なのに、
白石太一郎のような断定口調の馬鹿が出てきた時点で、
畿内説終わりなんじゃね?

白石って、ゴッドハンドの藤村新一と、まったく同種の臭いがするんだが。


382 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:40:35 ID:eXvGeqm90
>>379
隋書に奈良の大和が魏書にある邪馬台国であると書いてるよ。そういうのまちがわんだろ。
隋書は地理的にも正確

383 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:43:49 ID:eXvGeqm90
11 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 2001/02/28(水) 16:16

本来の専門である言語学関係では評価されているようだけど、
それ以外は邪馬台国九州説にこじつけるため、酷いの極致です。

前方後円墳の形態から、年代を決めるとか、電波丸出しで、恥ずかしいと思う。
大まかには、前期・中期・後期で形状が変化しているけど、ぴったり年代を決められる
ほどとは聞かないし、中世に砦として利用されたり、近世以降に農地として開発する際に
形状が変化している例も多く、精緻な調査を行わないと、元の形状は復元できません。
邪馬台国九州説に固執している人物は、どこかネジがずれている。



12 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 2001/02/28(水) 16:28

言語学も朝鮮語と日本語の分岐を5千年なんてドキュソな説を
唱えている。
紀元前後に一方は中国語に影響され、一方は南方系言語に飲み込まれた
と言う事が判らんおばか。


384 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 09:44:54 ID:eXvGeqm90
27 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 2001/03/04(日) 01:21

安本美点の古代史は、結局素人談義以上のものではない。
彼は、アマテラス以来の王統譜が性格であることを仮定して、在位平均10年という計測結果を基にもっともらしいことをいっているが、その統計的手法にも疑念
があるが、もっとおかしいのは、この仮定からは、容易に事実と矛盾が発生してしまう点である。
すなわち、倭人伝では、女王、男王、女王という継承がなければならないのに、アマテラス以来の王統譜にはそのような箇所など存在しないからである。
これすなわち、記紀のつたえる歴代は、正確に事実を伝えていないという結論になるはずである。(彼はいろいろ苦しい説明を試みているが、それは単に解釈にすぎず、そのような解釈が必要なら、ほかの歴代部分ももはや正確であるという保証は全くないことになる。)
かくて安本の議論は根本から崩壊し、彼の古代史談義は壮大な素人談義、単なる神話の合理的解釈にすぎないことがわかる。



28 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 2001/03/04(日) 01:34

てゆーより、ただただ姑息。ちっとも壮大でない。
都合のいい情報のみ拾ってきて無理に継ぎ合わせてるだけだよ。
それが彼の「説得の文章術」なんでしょ。


385 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 10:07:28 ID:Amujczzs0
安はもうだめぼ

386 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 10:19:06 ID:IMp4KYLUO
でもな、戦国時代の馬はポニー並で騎馬戦は一切なかった

これも、逆に違うになってるしね

387 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 10:25:40 ID:g5ozzDc5O
九州の遺跡はヤマト王権の地方機関にすぎないのよ
邪馬台国はヤマト王権でしょ
別にいいじゃん。昔の天皇家が中華に朝貢してたとしても
そのうち独立したんだし。

388 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 13:26:24 ID:ge9BvR+E0
おら、何が何だかわからなくなってきた。

誰か、考古学や書物による科学的知見と神話とを矛盾なく歴史を
大化の改新くらいまで語ってくれないか。あるいはそういう本やサイトないか?

妄想レベルで良いんだ。どうせ確定していないことだらけだし、おらの
頭をいったん整理できればいいんだ。

389 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 15:32:38 ID:yVcHZJFK0
トンデモ本に引っかかるタイプだな。


390 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 18:11:19 ID:6hfDYpVs0
邪馬台国と、大和王権とは、まったく別物。
これは間違いないと思う。

391 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 18:15:05 ID:QnChNWeSO
また高島か
こいつウザすぎ
残った根拠が環濠しかないから必死でつねwwwww

392 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 18:17:40 ID:kHpHo2Wg0
>>390
まったく根拠がない。そもそも「邪馬台国」なんてのは存在しない。
「ヤマタイコク」に騙されてるだけ。「大和国」で良い。

393 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 18:17:44 ID:jQ87jXymO
はよ、決めて。
金印饅頭がスタンバってますが。

394 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 18:19:02 ID:DE6XlZdeO
>>388
やや古いが中公文庫の日本の歴史を読め。
新しい本はネ申の手が入っててアテにならんから。

395 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 18:19:30 ID:qFW9iWuqO
間をとって岡山でいいよ。

396 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 19:00:05 ID:L0a3OHCa0
何故邪馬台国論争が起こったのか、
戦後考古学史を研究した方が面白かったりして。

397 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 19:09:21 ID:DE6XlZdeO
戦後は東大が九州説、京大が畿内説かな。

398 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 19:17:55 ID:/uzWerZf0
金印が出土しても論争は続きそうだな

399 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 19:20:33 ID:kHpHo2Wg0
>>398
「邪馬台国」って言ってる限り、決定的な証拠が出ても延々と続くw

400 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 19:21:45 ID:ZTnIaWJb0
佐賀と福岡に大和ってあるだろ
どっちかだよきっと

401 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 19:49:58 ID:DE6XlZdeO
口数では畿内説が圧勝であります。

402 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 20:34:54 ID:4mbc+UQiO
しかのしまの金印ドッグうまいよな〜
また食いに行きたい。

403 :川柳さん:2009/11/14(土) 21:41:04 ID:DE6XlZdeO
ネ申の手が
掘り起こすのは
国家主義

404 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 23:17:30 ID:7lrsC1HT0
そうかなあ

405 :名無しさん@十周年:2009/11/14(土) 23:27:57 ID:DE6XlZdeO
ネ申の手って時点でオワットル

406 :名無しさん@十周年:2009/11/15(日) 01:14:31 ID:7sWDjG+dO
古田さんの事か?

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