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■ ウトロ地区問題を語るスレ ■

1 :マンセー名無しさん:2010/05/25(火) 13:34:58 ID:c5JJ0iI8
(wikiより)
ウトロ地区は、京都府宇治市伊勢田町51番地に所在する地区。
住民側が数十年にわたって日本政府と日産グループに対して一方的に居住権の保証を要求する闘争を展開し、
在日コリアン問題の象徴的事例となってきた。2008年現在、65世帯203人の在日韓国人住民が、後述の内ゲバ
から紆余曲折を経た最高裁判決を以て不法占有と認定された状態で違法に占拠し居住し続けている。

「ウトロ地区」とはあくまで通称であり、正式な地名(地番)ではない。本来の地名は宇土口(うとぐち)で
あるが、誤記や誤読によって「ウトロ」へと変化したと考えられている。
故に北海道のウトロとの関係性は全くない。

2 :マンセー名無しさん:2010/05/25(火) 13:39:06 ID:c5JJ0iI8
ウトロ地区の起源
第二次世界大戦中の1942年2月に京都飛行場と、併設の飛行機工場の建設工事が正式決定した。日本国際航空工業が建設工事を請け負い、
工事には約2000名が従事した。従事者の約1300名が朝鮮人であり、彼等とその家族が生活していた1943年建造の飯場(宿泊設備)が現在
のウトロ地区の前身である。かつて当地区住民側は居住権を主張する根拠として「ウトロ住民は1944年9月から1945年3月までの間、朝鮮
半島にも適用(女性は対象外)された日本政府の国民徴用令により、強制的に来日させられた徴用労務者とその子孫であり、日本が強制
連行したウトロ住民の居住権は日本政府、もしくは原因企業の日産車体、ひいては母体の日産グループが保証すべきである」とし、地主
企業の西日本殖産との法廷闘争と並行して、日本政府、および日産グループを相手方として闘争を展開してきた。
しかし現在、ウトロ地区住民の作る「ウトロ国際対策会議」などによると日本国際航空工業の1300人の朝鮮人労働者達は、ほとんどが国
民徴用令により来日した訳ではなく、経済的理由や兵役免れなどで移住してきた者であるとしている。また、韓国の国務総理傘下の「日
帝強占下での強制動員被害者の真相究明委員会」も、2006年末の報告書で、ウトロ地区住民について、「強制徴用者ではなく、元から日
本に居住していた朝鮮人がほとんど」と明らかにしている。つまりウトロ地区は、強制徴用以前から日本に居住していた朝鮮人を基盤と
し、これに1930年代末に日本の併合時代の貧困層の朝鮮人や被徴用者が加わって形成されたものである。
現在ウトロ地区に暮らす65世帯のうち、
(1)大戦中に飛行場建設工事に関わった1世と子孫、
(2)その親類縁者
(3)戦後(1945年以降)にウトロに移住してきた家族とその子孫
が、それぞれ3分の1ずつを占める。65歳以上の高齢者を含む世帯が30世帯、その中で高齢者だけの世帯が16世帯20人。生活保護世帯が
全体の約20%(宇治市平均約1%)と、若い世代はウトロから転出し日本から生活保護を受けている高齢者が残っている傾向にある。

3 :マンセー名無しさん:2010/05/25(火) 13:42:46 ID:c5JJ0iI8
ウトロ地区問題の推移
1945年7月、飛行場が米軍に爆撃された事を受けて航空機工場は生産活動を停止し、従事者の全てが失職した。
終戦と同時に飛行場の建設が中止されると彼らが居座る理由も法的な根拠も無くなり、更に同基地と付帯設備はGHQが
接収する事となった。朝鮮人労働者の大半は帰国したが、GHQからの退去勧告および朝鮮への帰国要求を拒否した朝鮮人
労働者は不法に残留し続け、GHQが接収できなかった元・飯場が朝鮮人集落の原型となった。これは朝鮮までの船賃が
労働賃金の数ヶ月分にも相当するほど高額で工面できなかったり、GHQによる無償の送還事業から漏れる等して帰国でき
なかった為である。朝鮮人の集落は日本各地に存在するが、私有地の不法占拠という点でウトロ地区は他の地域と事情
を異にする。その後、住民が宇治市に生活困窮の救済を訴えたり、外国人登録法に反対する抗議活動を行ったりと度々
に問題を起こしながら、日本国際航空工業の合併等により1962年の7月に、ウトロ地区の土地所有権は日産車体工機
(現・日産車体)へと移る。1980年代、不法占拠であることを理由として水道管の敷設を認めない日産車体側と、人権
問題であるとして水道管の敷設を認めるよう要求するウトロ地区住民側が対立。1987年3月、日産車体が水道管の敷設
を認める結果となった。


4 :マンセー名無しさん:2010/05/25(火) 13:44:28 ID:c5JJ0iI8
同胞による土地転がし騒動
1987年3月、日産車体はこの問題を解決する為に80世帯380名(当時)が居住するウトロ地区の全土地を、同地区の自治会長を自称する平山桝夫こと許昌九(ホ・チャング)
に3億円で売却した。許に資金を融資したのは在日本大韓民国居留民団(現・在日本大韓民国民団)系の金融機関の旧・大阪商銀であり、その融資の連帯保証人となった
のは、在日本大韓民国居留民団の京都地方本部団長であった河炳旭(ハ・ビョンウク)である。
2カ月後の1987年5月、許昌九はウトロ地区の土地を、同氏が設立した西日本殖産という名の不動産会社に4億4500万円で転売した。西日本殖産は同年4月30日に河炳旭が
100万円の資本金を出資して設立されたばかりの有限会社であり、設立当時は同氏の親族が代表で、許昌九が役員であった。大阪商銀は西日本殖産への融資に対し、
ウトロ地区の土地に極度額五億円の根抵当権を設定した。

5 :マンセー名無しさん:2010/05/25(火) 14:23:18 ID:U69S9t91
1988年9月、河炳旭はウトロ地区の土地を所有する西日本殖産ごと金澤土建という土木建築会社に売却し、ウトロ地区から手を引いた。
なお当時はバブルの絶頂期であり、投機目的での短期間の土地転売による利鞘稼ぎ(土地転がし)が全国で横行した時期でもあった。
西日本殖産はウトロ住民側に土地の明け渡しを申し入れたが、住民側が応じなかった。

6 :マンセー名無しさん:2010/05/25(火) 14:26:52 ID:U69S9t91
立ち退きを求める訴訟
1989年2月、西日本殖産は住民に対し、ウトロ地区の土地購入又は退去を求める民事訴訟を提起。
それに前後して、同胞に対する背信行為によって巨額の差益を手にした許はウトロ地区から姿を消し、以降の所在が不明となる。
西日本殖産とウトロ地区住民の間の民事訴訟は長期化し、2000年11月、最高裁にてウトロ地区住民側の全面敗訴が確定。
2004年1月、西日本殖産からヤクザ出身で右翼団体員の井上正美という個人に、ウトロ地区の土地の所有権移転登記がなされた。
同年6月、西日本殖産が井上へのウトロ地区の土地の所有権移転登記の無効を主張して民事訴訟を提起。井上は、2005年5月、韓国の
マスコミからのインタビューにおいて、自身が在日韓国人3世であることを明かし、韓国政府にウトロ地区の土地を5億5000万円で購入
するよう要求し、韓国政府によるウトロ地区住民への支援に関する論議の発端ともなった。同年11月、当時の韓国外交通商部長官で
あった潘基文(パン・ギムン)も、韓国の国会で、韓国政府によるウトロ地区住民への支援について言及している。2006年9月、最高裁
は、井上へのウトロ地区の土地の所有権移転登記は無効であり、西日本殖産をウトロ地区の土地の所有者と認める旨の判決を下した。
同月、井上は、ウトロ地区の土地の売買に際しての逮捕監禁致傷および強要の容疑で埼玉県警川口警察署に逮捕された。

7 :マンセー名無しさん:2010/05/25(火) 14:31:09 ID:U69S9t91
その後
2004年9月に韓国で開かれた国際会議にウトロ住民4人が出席し、ウトロ問題を訴えたことを機に韓国の政府関係者や
国会議員グループなどの視察が相次ぎ、韓国内でにわかにウトロ問題への関心が高まった。その後、韓国の市民団体
によるウトロ救援募金が約6500万円、韓国政府の支援金が約3億6000万円拠出され、2007年9月28日、西日本殖産と
ウトロ町内会で地区全体のほぼ半分を5億円で買い入れる合意が成立している。
2007年にウトロ町内会(金教一会長)は地区内に公営住宅及びウトロ記念館の建設を求める要望書を山田啓二京都
府知事に提出している。私有地に税金で公営住宅を建築するべき根拠・理由が全く見当たらない為、当時の冬柴国土
交通大臣は国・京都府・宇治市の3者による協議会設置を指示した。(住環境の改善などを表向きの理由にしている
が当の冬柴鐵三氏は2009年8月の選挙で落選しているうえに、国・京都府・宇治市はそれぞれ財政難の為、事業主体主
も未決定で要望は聞き届けられていない。また、地元の京都新聞の地域欄で何度か取り上げられているが同じ内容を
繰り返すに留まっている。)2009年6月13日に集中豪雨によりウトロを含め小倉・伊勢田の一部で浸水被害を受ける。
2008年7月にも浸水被害を受けており、ウトロ地区は古くからたびたび床上・床下浸水の被害に遭っている。ウトロ側
の地盤を運搬して滑走路側を整備した為に、周りの土地に比べて低地になっている事から浸水し易いと思われているが、
実際は大雨の度に西宇治市の都市下水路が溢水を起こす事に起因する河川の問題である。宇治市議会にて何度も議題に
上がっているものの、同市が同地区の中を流れる伊勢田8号水路を改修する権限を持っていない事が大きく影響している。

8 :マンセー名無しさん:2010/05/25(火) 19:45:56 ID:ef9iaxrd
あきれたウトロ地区の在日韓国人たち - 世の中これでいいのか -
http://blogs.yahoo.co.jp/ureeruhiroshi/21622258.html

9 :犬神 ◆VYJqzu6hsI :2010/05/25(火) 22:49:59 ID:LFb0LYQt
あの地域に巣食う連中は、南鮮政府に任命されて
反日工作を行う公務員だという都市伝説も…

10 :マンセー名無しさん:2010/05/26(水) 07:47:49 ID:+94NsIXE
【ウトロ問題の概要】(古い方のコピペは間違いだらけ)

戦時中、宇土口(うとぐち・後にウトロと誤読される)に建設作業員用の飯場が設営される。
終戦後、朝鮮人(元建設作業員&部外者)が帰国せず飯場の跡地を不法占拠。

ウトロの土地の所有権を引き継いだ日産車体が不法占拠者に土地の売却を打診。
ウトロ自治会長の平山桝夫こと許昌九は民団幹部の河村英夫こと河炳旭に相談。
住民集会が二度開かれるも、住民同士が揉めて土地の買い取り計画は頓挫。

とりあえず、許昌九が住民を代表して日産車体からウトロの土地を3億円で購入。
河炳旭は、許昌九に自ら5000万円を融資した上で、
残額支払いのための融資を大阪商銀(民団系金融機関)に依頼し
「貸付先となる法人(西日本殖産)の設立」と「河炳旭による連帯保証」を条件に受諾される。
許昌九は西日本殖産へのウトロの土地の転売手続を行う際、
河炳旭には「4億円で土地を買った」と水増し申告して、4億4500万円の値で取引する。

河炳旭は京都商銀(民団系金融機関)に住民への融資を依頼し格安で土地の分譲を計画。
だが、日産車体から土地を無償譲渡させるべきだったなどと住民が主張し始め、
河炳旭はそれだと贈与税が高額になり逆に損をしていたと説明するも逆恨みされる。
さらに、ウトロの混乱を知った大阪商銀が債権回収に動いたため、河炳旭は窮地に陥り、
在日系企業の金澤土建にウトロの土地を所有する西日本殖産ごと売却。(金額不明)
そんな中、土地転がしで私腹を肥やした裏切り者の許昌九は夜逃げしてしまう。

金澤土建傘下となった西日本殖産は住民に立ち退きor買い取りを要求して提訴。
しかし、住民は"既に地主ではない日産車体"に地上げされていると世界中で大嘘を喧伝。
結局、長期化した民事訴訟は住民側の全面敗訴となり強制立ち退きが可能となる。

在日ヤクザの井上正美が脅しと暴力でウトロの土地の権利を奪い地上げを敢行するが
民事訴訟で全面敗訴して土地を取り返され犯罪行為の件で警察に逮捕される。

以上のような在日同士の内輪揉めを斜め上に日本のせいにしてタカリを続け
反日団体がそれを政治利用するために群がり日本のマスゴミもそれを全面マンセー。

11 :マンセー名無しさん:2010/05/26(水) 10:23:19 ID:iA7+R9Kp
http://www.youtube.com/watch?v=6TjiZdeqJBg&feature=related
桜井氏がウトロに。すごい立札だな。

12 :マンセー名無しさん:2010/05/26(水) 18:03:57 ID:rhjxpwhg
>>11
通達があったんだろうな。だーれも姿を見せないなんてゴーストタウンかよwww

13 :犬神 ◆VYJqzu6hsI :2010/05/26(水) 21:58:34 ID:b+PlueV2
>>12
ゴーストから謝罪と賠償を要求されますよw

14 :マンセー名無しさん:2010/05/26(水) 22:25:30 ID:+94NsIXE
>>9
アホかw
あの区域は南北の在日が雑居してるけど総連の縄張りだろw
韓国系の篤志家が自腹切ってガチで解決させちゃいそうになった時、
何故か、
・内部事情を知っている
・住民相手に味方面して法律的にデタラメなデマを吹聴出来る
という特徴の勢力から横槍が入って潰されたといういわく付きの所。

15 :マンセー名無しさん:2010/06/05(土) 00:21:51 ID:H0x9jYp7
チョンの中でも下の下の奴らが住んでいる。


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